日本型M&Aは「謙譲の美徳」
─ M&Aをされた側の企業の経営者は、そのまま残っているんですね。
分林 そうです。むしろ経営者、役員に残ってもらわないと社内の士気が落ちるということもあるからです。
そのわかりやすい事例が、東京の特殊印刷会社のケースです。その会社は病院専用のレセプト用紙を取り扱って、約2万件のお得意先を持っていました。ご夫婦2人で経営し、社員は約30人、利益も出していました。
その後、ご主人が亡くなられて奥様が継がれましたが、70歳になった時に誰かに引き継いで欲しいという希望を持たれました。そこで手を挙げたのが大阪で上場する印刷会社でした。
その大阪の会社は「買わせて下さい」、「引き継ぎをさせて下さい」と非常に丁寧な対応をしました。買い手も売り手も謙譲の美徳があるというのが日本型のM&Aだと思います。
─ 買い手が「買ってやる」という態度では駄目だと。
分林 そうです。その特殊印刷会社では、大阪の上場印刷会社の東京支店長が社長に就任しました。その時に、その方が社員を集めて言われた「私は3年間、社長を務めさせていただきますが、できれば皆さんの中から次の社長が出てきて欲しいと思います」という言葉を今も覚えています。
実際、3年後に社員の中から社長が生まれました。占領軍のように振る舞うのではないかと身構えていたら、「自分も社長になれるかもしれない」と思えば、やる気が全く違いますよね。社員を大事にする言葉がM&Aでは大事だと思います。
─ M&Aをした後が大事だということですね。
分林 そうです。我々が創業した30年前にはM&Aイコール乗っ取りと見られることもありました。友人にも「乗っ取り屋を始めたのか? 」と言われるほどでしたが、今は「いい仕事をやっているな」という形で見方が完全に変わりました。
我々は30年間、一貫して変わっていませんが、M&Aで成功事例が多く出ていることで、この仕事はいい仕事だと思っていただけるようになったのです。
起業を目指す若者へのアドバイス
─ 分林さんがM&Aを一言で表現するとしたら?
分林 企業がどうしたら存続できて、発展できるか。売り手も買い手もプラスになり、両方の社員が幸せになる。この一言に尽きると思います。そして相乗効果のないM&Aであればやるべきではありません。
私は経営信条として、企業にとって「収益性」、「安定性」、「成長性」、「社会性」の4つが大事だと言っています。
我々のM&Aも、売り手にも買い手にもプラスになるという意味で社会性があると思います。今、廃業が年間約5万社ありますが、これをいかに救うか。社員の失業や金融機関に迷惑をかける事態を防ぐという意味で社会貢献でもあると考えています。
─ 起業を目指す若者へのアドバイスをお願いします。
分林 先程の4つの要素を入れた上で、人がやっていないことをやることです。メーカーがあり、卸があり、小売がありという時代は終わったと思います。全く新しい発想でやっていく必要があります。
そして、何が自分にとって便利なのか、何が欲しいのかを突き詰めて考えて、それを日本だけでなく世界中に提供することです。若い方はネットだけでなくAI(人工知能)が活用できる時代ですから。
また、会社を経営する時には経営計画、経営戦略が大事です。売り上げ、利益を達成するために企画をし、それをいつまでに実現するかを見据えて取り組まないと失敗すると思います。
そしてその事業がマーケットに受け入れられるかどうか。売り上げはお客様が決めるわけですから、マーケット戦略が大事になります。小さい分野でもいいので、今世の中にないものに挑戦することが求められていると思います。