2022-02-22

【三井物産・安永竜夫会長】の新・商社論 不確実性の時代をアニマルスピリッツで!

三井物産 安永竜夫会長



『移行期間』をどうマネージするか

 2050年のカーボンニュートラルという最終目標の実現に向かって、どういうプロセスを踏むか─ということで、『移行期間』という考え方が生まれてきている。
 つまり、どのように〝あるべき姿〟に移行(Transition、トランジッション)していくかという問題意識である。

「この移行期間をいかにマネージしながら、うまく2050年の世界をつくるかということ。米国のバイデン大統領じゃないですが、明日突然、ガソリンが要らなくなるわけではない。だけど、石油開発に投資する人から見れば、一定期間の先の保障がないと投資などできない。それが今の産油国の理論で、先の保障がないから、産油国側もあえて増産には向かわない」

 安永氏は既存資源への投資不足から、エネルギーの供給不足を招いている現況を語る。

 ESGの名の下に、グリーンの方だけに投資が集まる。だが、現実に、今の北半球は世界的な寒気に襲われ、石油やLNGへの需要は根強い。需要があるからと、投機資金まで入り、悪ノリしている状況。
「基本的な構造は、需給バランスを取る〝神の見えざる手〟が機能していないこと」と安永氏は語り、「では、こうするという現実解を経営者は出していかなければいけない」と強調する。

 個別企業として、グリーントランスフォーメーションに懸命に打ち込みながら、同時に現時点での事業のCO2をどうやって減らしていくかという取り組み。具体的にはCCS(CO2の回収・貯留)やCCUS(CO2を回収・貯留し再利用する技術)の活用などが挙げられる。

 ただ、本質的なことを言えば、世界のCO2排出量の半分を占めているのは中国とアメリカとインドという現実がある。
「この3カ国が本気にならない限り、解決には向かわない。それに次ぐのがASEAN(東南アジア諸国連合)なので、この人たちをどうやって脱炭素の話に持っていくかということがカギ」と安永氏は語る。

 中国も、習近平・国家主席が「石炭火力を増やすな」という大号令をかけたら、大停電が随所で発生したという苦い出来事が起きたばかり。
 電力のサプライチェーン(供給網)がただでさえコロナ危機でおかしくなっているのに、さらに軋みが起きている。

 エネルギーだけではない。例えば、中国で化学品の一部が不足しているとすると、たちまち世界の需給バランスが崩れて、製品の値段が高止まりする。
「いかにして需給の調整メカニズムがもっと効くような形で、この移行期間を過ごしていくのかという知恵が求められています」

中国との関係は?

 日本企業にとって、価値観の違う中国との関係をどう構築するかも最重要課題の1つ。
「今、ややもすれば、米中二元論になるのですが、われわれには一衣帯水の隣国としてやってきたという歴史がある。もちろん体制が違い過ぎることに対して、体制を変えろとは言えないわけで、その中でどうやって中国との対話を継続していくか。アメリカとは日本は価値観を共有している。根本的な人権もそうですし、経済システムもそう。すべてにおいて同じ価値観を共有するアメリカと、歴史観や価値観が違う韓国、中国とどう付き合っていくのかというのは、ものすごく知恵が必要だと」

 安全保障面から、日本はアメリカとの間に日米安全保障条約を結んでおり、日米同盟は基軸。最近は日・米・印・豪4カ国による『QUAD(クアッド)』という連携関係も結ばれた。4カ国は共に民主主義国であり、基本的価値観を共有する。
 しかし、インド(印)は価値観の異なるロシアとも友好関係を維持している。対中国を多分に意識したものだが、そうした〝アヤ〟の部分を含みながら、国際関係は動いている。

「政治的には二者択一では厳しい選択を迫られると思うんですが、われわれ経済人はともかく中国ともアメリカともいかにして関係性を保ち、お互いに理解し合える環境をつくっていくかがとても大事だと思っています」

 かつて、〝政経分離〟とか、〝政冷経熱〟という言葉が日中関係で使われた。その後、両国の関係が一時冷え込み、〝政経不可分〟という認識が高まったこともある。
 1972年(昭和47年)に日中国交回復が成って、今年は50周年を迎える。思考の弁証法ではないが、〝正・反・合〟でいけば、今は〝合〟の解をつくり上げる時にあたる。ここは、経済人の奥深い知恵の出番だ。

筋肉質経営を目指して減損処理を断行

 安永氏は1960年=昭和35年12月生まれ、2015年社長に就任。飯島彰己氏(前会長、現顧問)から社長職のバトンを受けた時は54歳で、末席の執行役員であった。先輩役員32人抜きでの抜擢で、同社で史上最年少の社長として注目を集めた。

 飯島氏としては、思い切った社内改革を期待しての安永氏へのバトンタッチであった。
 安永氏は2015年4月から21年3月までの6年間、社長職を務めた。この間、金属、エネルギー、機械・インフラなど、いわゆる資源部門の比重を落とし、IT(情報技術)やヘルスケア・医療などの新規事業を含む、非資源分野の開拓に力を注いだ。
 将来性の薄い事業や低迷する事業の見直しを進め、減損などの体質改善策を取っていった。

 そして、社長在任6年間で実行した減損額は約7000億円。減損とは、所有する固定資産(土地や機械など)の収益性が低下し、それまでに投資した金額の回収見込みがなくなった場合、資産価値の減額を帳簿上で行うこと。人の体でいえば、肥満体を筋肉質にし、免疫力を高めるというもの。

 安永氏が社長に就任して最初の決算、2016年3月期は834億円の最終赤字を計上。1年目から減損処理を実行した。
 アナリストからは、「よく次から次へと減損を出すね」と言われたものだが、「僕はいい減損もあると思う」と安永氏は減損処理を続けた。
「われわれは攻めの会社なので、攻めていれば、当然環境の変化、あるいは投資時には思っていなかったことが起こり得る。実質的に価値が棄損してイコール減損につながるのは、一定額は仕様がないと考えています」

 安永氏がさらに続ける。
「攻めの経営の裏返しであり、逆に言えば、減損がないということは、攻めていないのではないかと」。

 会長になって1年。社長在任6年を振り返ってどう思うか?
「投資効率を高めることを言い過ぎたかなというのがあって、会長になった途端に急に優しく背中をさすっています(笑)」

〈編集部のおすすめ記事〉>>あの『素材の会社!』AGC会長【島村琢哉】の『両利きの経営』!社会が求める素材を開発し、提供し続ける!

本誌主幹 村田博文

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事