2022-05-10

自分の身だけでなく人類のためを…【早大総長・田中愛治】が語る『新・大学論』

田中愛治 早稲田大学 総長

全ての画像を見る


教育者として侵略問題をどう捉えるか?

「やはり、一人の人間が長期間にわたって、(国の)支配権を持つということの誤りが原因だと思うんです」と田中氏は語る。
 田中氏は政治学を専門に研究し、教育者の道を歩んできたが、専攻は計量政治学、政治過
程論である。政治過程論とは、統計学的、化学的手法を用いて政治の過程を分析する手法。

 今、2つの見方というか、分析がある。1つは旧冷戦時代に対峙したワルシャワ条約機構とNATO(北大西洋条約機構)の関係である。
 どちらも地域の安全保障を図るための機構だが、冷戦時代の旧東側(社会主義圏)にあったのが、ワルシャワ条約機構。これは1989年の『ベルリンの壁崩壊』、さらには旧ソビエト連邦崩壊(1991)と共に消滅。
 旧ソ連邦崩壊と共に、ウクライナやバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は
ソ連邦のくびきから解放され、独立国としてスタートしたという経緯。
 社会主義の東側が総崩れになったことで、自由主義・資本主義の西側の勝利とされてきた。
西側には、これで冷戦構造が終わったという見方が多かったが、ロシアのプーチン大統領は
ひそかに挽回策を取ろうとしていたということだ。ソ連邦が崩壊し、ロシアとなり、ソ連邦崩壊から30年余経った今、ウクライナへの侵略なのである。

「ええ、ベルリンの壁が崩壊して、ソ連邦も崩壊した後に、ワルシャワ条約機構とNATOがそれぞれ調和するということで、ワルシャワ条約機構が解消されたのに、NATOが解消されなかったということを述べている論者もいます。欧州の専門家で、当時のゴルバチョフ・ソ連書記長とレーガン米大統領の両首脳の間に、NATOは東方へ拡大しないという暗黙の合意があったということを書いている人もいます」と田中氏。

 つまり、NATOがそこで留まっていればよかったのに─という主張が旧東側関係者の間にあるということ。
 しかし、「別の主張もある」と田中氏は続ける。
「イギリスの戦略研究家の方は違う見方をしていて、ワルシャワ条約機構が解消した後に、NATOが自ら拡大しようとしたのではないのだと。(かつて旧東側に属していた)ポーランドであるとか、ルーマニア、エストニアもそうですね。かつてソビエト連邦の中でロシアの支配下にあったところが、やはり、そうせざるを得なかったのだと。圧力を感じたからこそ、NATOに加盟してきたのだと。自国の防衛のために入ったと。だから、原因は違うんだということを書いているんですね」

 NATOを巡る軋轢(あつれき)だが、2通りの主張があるということ。

 ともあれ今回のウクライナ危機を教育者として考える時に、「人の道に外れてはならない。一人の人間があまりにも長く国を治めるというのは、まずいということです」と田中氏は協調。
 プーチン氏は1999年8月首相に就任してから今日まで都合23年の間、実質トップとしてロシアに君臨してきたという事実である。

国とは何か?そして国民との関係は

 あらためて、国という存在をどう捉えるべきか─。
「国、ネーションステート(nation-state)と言われていますけど、国民国家ですね。1つの国民が1つの国家を形成するというのは、第2次世界大戦後の1つの考え方です。そうではない、多民族国家というのもいくつもあるわけですけどもね。ただ、多民族国家であっても、一国民を形成することはできる。異なる民族によって、1つの国家を形成することはできるし、そうやってネーションステート、国民国家になるということですね。一方、民族の違いがはっきりとして、1つの国民の合意によって形成できない場合に、それを1つの国家にすることには無理があると。そこには多分、Legitimacy(レジティマシー)、正当性がないんですよ。一国民にならない場合に、無理矢理そこに国家の枠組みをはめ込むことは、それこそ無理があると。そこに住む人達の合意を得ていない、正当性がないのだと。だから、国民国家というものが、ある程度自然に形成されて、初めて国家になってしかるべき。それを武力とか、抑圧によって国家を形成すると、いずれ綻びる時が来ると。(冷戦崩壊時の)東ドイツとか、ルーマニアなんかもそうでしたが、結局、非常に独裁的な場合は、民衆の反乱があって、崩れていますよね」

若い世代に、大学は何を発信してくか

「やはり教育は重要なものだと思いを新たにしています。高等教育を受けた方たちは、そういう感情に流されないで、冷静に指導者を変えていくということで、的確な指導者を選ぶ」
 早稲田は、今年(2022)建学140年に当たり、創立者・大隈重信の建学の精神を引き継ぎながら、『学問の独立』を世界に貢献する礎として、『学問の活用』を世界に貢献する道として、そして『模範国民の造就』は世界に貢献する人づくりであると教旨を謳う。
 田中氏は2018年11月に、第17代総長に就任し、3年半が経った。
「早稲田が変わってきたということは、学内外から言っていただいていて、それは私の耳にも届いていまして、大変ありがたいと思っています。学内では、明るくなったと。わりと風通しが良くなって、職員や教員の意見が通るように、聞こえるようになった、元気が出てきたという声がありがたいですね」と田中氏。
 田中氏は総長就任時、『世界で輝くWASEDA』を目指すと宣言。『たくましい知性』を鍛え、『しなやかな感性』を育むことを大学運営の理念に掲げてきた。

 そして、4月2日の2022年度(令和4年度)の大学院生の入学式では、『響き合う理性』を磨くことを大学院生に訴えた。
「合理的な理性が求められているということです。とかく、大学院で研究すると、どうしても視野が狭くなる。自分の学問だけになってしまう。同じ理工の中でも、同じ化学の中でも、自分の専門だけになってしまう。専門の異なる人と意見交換をして響き合う必要があるし、さらに学会的に全く違う分野の人と、例えば文学者と話すとか、政治学者も経済学だけでなくて、理工や、情報工学の方とか、哲学者とも話すとか。そういうお互いの理性をぶつけ合って、意見交換をして、共鳴することから、新しいアイデアが生まれる。その響き合う理性というものを、今後磨いてもらいたい」

 田中氏は、答えのない戦争が現実に起きている今、「たくましい知性で解決策を自分の頭で探ってもらいたい」と訴える。

【編集部のオススメ記事】>>【経団連会長・十倉雅和】の「新・企業社会論」GAFAの物真似ではなく、日本は日本の生き方を

本誌主幹 村田博文

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事