2022-05-16

「行き過ぎた円安」に日本はどう対応?ソニーフィナンシャルグループチーフエコノミストの提言

菅野雅明・ソニーフィナンシャルグループチーフエコノミスト



 ─ 日本が金融政策を変えるか、米国は利上げを止めるかという選択肢になりますね。

 菅野 黒田総裁は「急激な円安は好ましくない」と発言しましたが、「急激」が好ましくないのであって、円安自体を好ましくないとは言っていません。ですから黒田総裁はおそらく「悪い円安」という議論には与していないのだと思います。

 理屈の上では一理あります。今、円安の悪い面が言われていますが、日本全体としてみれば、輸入品が高くなるということは、例えば農業にはプラスです。海外産のチーズは急激に値上がりしていますが、国内産はほとんど値段が変わっていないわけです。品質も上がっており、競争力が高まっているのです。

 企業にもプラス面があります。安い場所でつくって高い場所で売るのがグローバリゼーションでしたが、今は流れが逆行しています。日本からの輸出は増えにくいですが、円建てで輸出している場合は、海外子会社でドル建ての利益が貯まっていますから、連結ベースで見ると円安は輸出企業にプラスです。

 ─ 会計上、日本の決算時に換算すると利益が増えているということですね。

 菅野 配当も増えているでしょうから、国内に利益が還流しています。また、連結ベースでの業績がいい時には国内の雇用も守られているはずです。賃金は上がらずとも、少なくとも雇用の量は確保される。この面でも円安はプラスですし、黒田総裁の認識は正しいと言えます。

 ただ、賃金が上がっていませんから消費者にとっては悪い円安に見えてしまう。しかも、国内で物価が上がっている要因はエネルギーと食料の価格上昇です。そこに円安が加わっている形ですから、それがなくても物価が上がっているわけです。

 エネルギーと食料の価格は政府にはコントロールできません。一方で円安はコントロールできるように見えますから、皆が「何とかして欲しい」と思っている。しかし、冷静に考えると円安だけ止めても、今の物価上昇は変わりません。

 政治的には、どの国も消費者物価が上がると政権の支持率は下がります。岸田政権としても物価を抑えたいとなると円安も何とかしないといけない。日銀と政府で目線が乖離しています。

 ─ 黒田総裁の任期は来年4月までですね。

 菅野 日銀総裁は法律で身分保障されているので、任期は変えられません。インフレ率は目標の2%には到達していませんし、購買力平価で見ても足元の円安は行き過ぎています。

 米国は足元で利上げをしていますが、いずれピークアウトして、どこかで利下げに入るとすると急激な円高になる可能性があります。急激な為替変動は好ましくありませんが、その要因をつくっているのは日銀です。為替の乱高下を防ぐためにも、これ以上の円安に対処する必要があります。

 ─ 生産性向上という視点がやはり大事で、当面の混乱を耐え抜き、企業の体質強化を行っていくしかありませんね。

 菅野 ええ。日本では企業の新陳代謝が遅れているという認識は岸田政権も共有しており、この加速は現政権の一つの柱です。円安で低生産性の企業が延命していることは、日本経済の足腰が弱ることになりかねません。円安に過度に依存して2%物価目標を実現しようとする姿勢を見直す必要があります。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事