2022-06-07

【学研ホールディングス・宮原博昭】の課題 教育・医療福祉に次ぐ3本目の柱の構築は?

学研ホールディングス社長 宮原博昭氏



「逆風に向かってこそ」

 宮原氏は今年4月、『逆風に向かう社員になれ』という書を刊行。この中で、「飛翔のため、あえて逆風に向かえ」と社員、特に未来を背負う若い世代に向けて発信。空を飛ぶ鳥と逆風の関係を次のように記す。

「翼に当たった空気は上下に分かれて後方へと流れていく。すると、翼の上を流れる空気のスピードは、下を流れる空気と比べて速くなり、上下で圧力差がでる。これにより翼を上に引き上げる揚力が生じ、また翼の先端部にある『初列風切羽(しょれつかざきりはばね)』の働きによって推進力も生じる。この上向きの力と前向きの力のおかげで、鳥は飛ぶことができる」

 宮原氏はかつて防衛大学校で戦闘機のパイロットを目指していた。鳥も飛行機も逆風に向かって飛び立つと、力強く前進するが、「追い風の中を飛ぼうとすると失速してしまう」と強調。「満足とか、追い風というのは敵ですね。進化が止まる。第一、思考回路が働かなくなります」
 宮原氏は、冒頭述べたように、「常に改革をしていかないといけない」と経営のあり方を語り、経営を進化させることが大事と訴える。

創業者の思いを原点に

 同社の事業の発展を見ると、〝進化の歴史〟と言っていい。2000年代に入ると、M&A(合併・買収)も活発化。
 そもそもの事業開始は戦後すぐの1946年(昭和21年)のこと。創業者の古岡秀人氏(1908―1994、福岡県出身)は「戦後の復興は教育をおいて他にはない」として『学習研究社』を設立(株式会社として登記したのは翌1947年)。
 敗戦後、日本の学校で子どもたちに支給されたのは、大半の記述が墨で塗りつぶされた戦前の教科書。これでは教科書として用をなさない─という問題意識を持った古岡氏は子どもたちの教育に取り組もうとした。

 墨塗りの教科書に代わる教材を作ろうと、教育雑誌を作る出版社を興したのが始まり。
 古岡氏は戦前、小倉師範学校(現福岡教育大学)を卒業。小学校教師を務めるなどした後、1935年、小学館に入社した。主婦の友社に転職するが、すぐに辞めて、1946年学習研究社を設立したという履歴。

 なぜ、社名に『学習』を取り入れたのか?
「『教育』という言葉の主体は、子どもを教え育むという大人の側にある。これに対して、『学習』という言葉の主体は、自ら学び、習うという子どもの側にある。そう捉えると、私は『学習』という誌名に、子どもの目線、つまりお客様の目線でものづくりに取り組もうとするオーナーの意志を感じる」

 お客様の目線でいろいろな学習雑誌をプロデュースし続けた古岡氏の創業時の思いを、宮原氏は著書の中でそう記す。
 創業者は、学習雑誌の『学習』、『科学』を創刊し、それを〝学研のおばちゃん〟が児童の自宅に直接届けるビジネススタイルを創出し、事業を発展させた。
 算数・国語を学ぶ『学研教室』も、そうした出版物に先生をつけるという形で教室が誕生。

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本誌主幹 村田博文

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