2021-01-13

「国民との対話は自分の言葉で語れ」という指摘に菅首相はどう答えるか?

イラスト:山田紳

2021年の最大の政治イベントは衆院選だろう。衆院議員の任期満了は同年10月21日。首相の菅義偉はそれまでに衆院選に臨まなくてはならない。政権発足当初こそ高い内閣支持率に支えられた菅だが、
ここに来て支持率は急落。早期の解散・総選挙を求める声も与党内からは出始めた。政権周辺での不祥事がある中で、新型コロナウイルスの感染拡大防止と経済再生の両立という重い課題は残ったまま。菅
政権の手腕が問われる局面を迎えている。

※12月24日時点

急落した支持率

 20年12月12日。衝撃的な数字が菅のもとに届けられた。毎日新聞が行った世論調査で菅内閣の支持率は40%で、前月調査の57%から一気に17㌽も下落。不支持率は49%(前回36%)で急増した。

 菅政権の新型コロナ対策については「評価する」が14%で、前回の34%から20㌽下がり、「評価しない」は62%(前回27%)にのぼった。

 政府の旅行需要喚起策「GoTo トラベル」事業を「中止すべきだ」との回答は67%で、「継続すべきだ」の19%を大きく上回った。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は感染急増地域での一時停止を提言した。しかし、菅は11日、全国での一時停止については「考えていない」と述べ、事業を継続する意向を示した。

「この数字がよほどショックだったのに加えて、1日の感染者数が3000人を超えたことから、総理はGo To トラベルの一時停止を判断した。しかし、遅きに失した」と語るのは自民党議員。

 菅は13日に官房長官の加藤勝信、厚生労働相の田村憲久、新型コロナ担当の西村康稔の3人を集め、Go To トラベル一時停止の意向を伝えたが、この時点で菅の緊張感が薄かったことは、その後の行動が示している。

 菅は14日夜、東京・銀座のステーキ店で自民党幹事長の二階俊博(81)、プロ野球ソフトバンクの球団会長・王貞治(80)、俳優の杉良太郎(76)、タレントのみのもんた(76)ら8人で会食。いずれも感染した場合の重症化リスクが高い70代以上だ。

 14日はGo To トラベルの年末年始の全国一斉一時停止を発表した当日。メディアは菅の言動を一斉に問題視し、与党・公明党代表の山口那津男も15日の記者会見で苦言を呈した。

 加藤は16日の会見で、「広い部屋で他の方との距離は十分あったと聞いている」と釈明したが、分科会が10月に示した「感染リスクが高まる五つの場面」には「大人数や長時間におよぶ飲食」が含まれる。

 自民党総務会長の佐藤勉は16日の会見で「5人と言った以上、しっかり襟を正していくことが大切だ」と指摘。それでも、菅は16日夜、地元地銀関係者と計3人で、次にマスコミ関係者と計4人で会食した。

 その後、17日と18日は珍しく会食をしなかったが、与党内や世論の反発を考慮した結果だろう。

 だが、内閣支持率は上向かず、19、20日に朝日新聞が行った調査では、不支持率の35%はかろうじて上回ったものの、内閣支持率は39%(前回56%)とついに4割を切った。

 菅はその後、世論の動向を気にしてか、会食はしなくなったが、緊張感の希薄さは覆いようもない。

ガースー発言の愚

 新型コロナ対策が後手にまわっていることに加えて、自民党内で支持率低下の要因とされているのが、「ガースー」発言だ。

 菅は11日、インターネットの動画配信サイト「ニコニコ生放送」に出演し、冒頭に「皆さんこんにちは、ガースーです」と自己紹介した。自民党のベテラン議員は「にやにやして危機感がないように見えた。番組視聴者におもねっているようで不快だな」と不満をもらした。

 別のベテラン議員は「新型コロナの感染拡大で国民全体にイラ立ちが募っているときに、一国のリーダーが『ガースーです』って緊張がなさ過ぎるでしょ。誰かが振り付けたのだとすれば大失態だ」と語る。

 官邸関係者などの話を総合すると、「ガースー発言」は誰の振り付けでもなく、本人がアドリブで繰り出したようだ。本人とすれば親しみやすさを出すつもりだったのかもしれないが、結果的には失敗だったろう。

 菅の「マスク会食」発言も悪い方向に作用した。菅と食事をともにした関係者は「首相はトイレに行くとき以外はマスクを外していたよ。言っていることとやっていることが違いすぎるんだよね」と語る。

 菅本人がマスクをしていないことが出席者の発言から明らかにされたことは、テレビのワイドショーでも大きく取り上げられた。自民党中堅議員は「イメージが良くないよね。自分は特別で例外だと思っているんだと国民に受け止められる。政治リーダーはいわゆるセレブとは違うんだから、その行動においても範を示さないと。たたき上げと自分のことを宣伝するわりには、ズレてるんだよ」と手厳しい。

 コロナ対応では、当時首相だった安倍晋三が緊急事態宣言中に自宅で犬を抱いてくつろぐ動画をツイッターに投稿して批判を浴び、アベノマスクが顰蹙を買ったが、「菅政権も安倍政権と同じようにコロナ対応では国民の感覚とズレまくってる。加えて、この感染拡大だ。政治の責任と言われても仕方ない」と公明党議員は語る。

 安倍の「桜を見る会」前夜祭など政治とカネにまつわる話が支持率低下に影響しているとの声もあるが、自民党支持率は堅調なことから、やはり新型コロナ対策の不手際とみるべきだろう。感染防止と経済対策の両立は難題だが、経済優先の菅路線は今のところ失敗だったようだ。

じわり解散論

 菅の言動で内閣支持率は下落の一方だが、自民党支持率はそこまで下がっていない。NHKが12月11~13日に行った調査では、自民党支持率は38・2%で、誤差の範囲内ではあるが、前月より1・4㌽増加。毎日調査では33%で、前月比4㌽減に踏みとどまった。

 自民党議員は「新型コロナ対策のマズさで菅内閣の支持率は急降下しているが、それ自体はまだ自民党支持率には影響していない。自民党支持率が下がる前に、菅は解散・総選挙に踏み切るべきだ。このままでは菅と心中することになる」と語る。

 内閣支持率の急降下で自民党内では21年2月にも衆院を解散するべきだとの声がジワりと高まっている。

 21年の通常国会は1月18日に召集される見通しだ。まずは第3次補正予算案の審議が始まり、同月内には成立するとみられている。

 バイデンが米大統領に就任するのは1月20日。菅は2月早々にも訪米し、バイデンとの会談を行いたい意向とみられる。だが、衆院解散・総選挙となれば訪米は吹き飛ぶだろう。

 菅は2月解散を考えているだろうか─。「菅はオーソドックスな手法を好むから、2月解散は考えていないのではないか。日米首脳会談もできるだけ早い時期にやりたいだろう」と自民党ベテラン議員は推測する。

 加えて、新型コロナの感染状況が先を見通せなくしている。感染拡大がさらに悪化し、医療も逼迫あるいは崩壊しているような状況になっていれば、2月解散はとてもできないだろう。

 自民党中堅議員からは「支持率が高かった組閣後、すぐに解散・総選挙に踏み切るべきだった。下がった支持率が上がる要素もないし、下手すると菅さんは(自民党総裁任期満了の)来年(21年)9月まで持たずに、総裁選前倒しになるかもしれない」と指摘する声すら出る。

ポスト菅は?

 菅にとって好材料なのは、ポスト菅に座りの良い候補がいないことだ。

 安倍は退陣後、病状が安定しているようで、精力的に政治日程をこなしていた。「ポスト菅は安倍」と自民党内でささやかれてきた。

 しかし、「桜を見る会」前夜祭の費用を安倍事務所が補塡していたとみて東京地検特捜部が捜査。これに呼応するかのように、安倍周辺が補塡の事実を明かした。ただ、「安倍には補塡はないと説明していた」と安倍を擁護したが、これを額面通りに受け取る向きは少ないだろう。

 捜査自体は安倍の公設秘書の略式起訴で終結し、安倍は不起訴になった。だが、国会で虚偽答弁をしてきた責任は免れない。衆院調査局の調べでは、安倍は国会答弁で「事務所は関与していない」「明細書はない」「差額は補塡していない」の3点について少なくとも118回も繰り返していた。

 虚偽答弁のそしりは免れず、安倍の政治的・道義的責任は重い。「略式起訴とはいえ、事件化されたことで、安倍の再々登板はなくなった」(自民党ベテラン議員)とみられている。

 先の自民党総裁選で敗れた前政調会長の岸田文雄は、惨敗だったにもかかわらず、意気軒昂だという。「そんなに楽天的に振る舞うのか」と冷ややかな声もあるが、本人は次期総裁の芽がまだ残っていると真剣に思っているようだ。

 岸田の戦略は、自らが会長を務める派閥「宏池会」で、前会長の古賀誠の影響力をそぎ、安倍や副総理兼財務相の麻生太郎に接近することにあるようだ。岸田は安倍や麻生との面会を重ねている。

 その古賀は名誉会長から退くことを岸田に伝え、古賀本人は「名誉会長は辞めた」と公言しているが、岸田の説明ははっきりしない。派内で古賀切りへの反発が強かったためで、岸田は時間が解決するのを待っているかのようにも見える。

 そんな岸田の優柔不断な態度に、側近議員からでさえ「派内もまとめきれない岸田さんには付き合いきれないという気持ちもある。ちょっと距離を置く」といった声も漏れる。

 元幹事長・石破茂を巡る環境も似たり寄ったりだ。石破は派内のベテラン議員の求めに応じて派閥会長の辞職を表明したが、これに中堅・若手が猛反発。結局、ここに至るまで何ら結論は出ていない。

 自民党ベテラン議員は「今のところ、有力なポスト菅候補は見当たらない。しかし、菅を見ていると総理の座は重すぎたと感じる。官僚が作った紙しか読めず、自らの言葉で発言できないのは中身がない証拠だろう」という厳しい指摘もある。

 ポスト菅は今のところ不在だが、際立つリーダーが見えないのが今の自民党の状況。国民との対話をどう図っていくか。それこそ菅の真価が問われている。
(敬称略)

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