2022-07-01

【慶應義塾長 ・伊藤公平】の企業間、大学間提携の プラットフォームとして

伊藤 公平 慶応義塾長

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『カメの生き方』に固執していては…

「例えば特許です。特許制度が相当変わってきたし、今は米中両国もそうですが、どうやってお互いが自分たちの発明を取られないかというので必死です。こうした状況変化の中で、日本の、ウサギとカメのカメ戦法が厳しいときがあるんです」
 ウサギとカメの話では、日本ではカメが主役。急いで走っていくウサギはどちらかという
と、『急いては事を仕損じる』の諺どおり、失敗するという受け取り方が多い。

 しかし、米国ではウサギとカメの受け止め方が違う。


「日本の物語が同じように米国のディズニーで、短いフィルムで作られた。最後にカメが勝つんですが、米国の子供たちはどう受け止めるか。絶対勝つはずのウサギが怠けた。ウサギは怠けちゃいけないんだという教訓。米国における主役はあくまでもウサギなんです」

 米国はそういう教育をするし、そういう発想をする国。
 着実に一つひとつやっていくと、将来勝てるということで、カメの生き方を取ってきた日本。それはそれでいい面もあるが、この変化の激しい時に、カメの生き方に固執していては、世界の厳しい競争に打ち負けるという伊藤氏の認識。

「日本人はウサギの能力があるんだけれども、走ってはいけない、走ってもどうせカメになるという感じで、無理矢理カメにされているのではないですかね」

 出る杭を打つというか、ウサギに見立てて、その足を引っ張るということが日本の底流にあるのではないかという反省にもつながる。

〝常識〟とされてきたことを一度解きほぐし、客観的に論理的に見つめ直すことが大事という伊藤氏の訴えである。
 伊藤氏は前述のように、米カリフォルニア大バークレー校で修士号、博士号(材料科学)を取得。このバークレー校時代に、このウサギとカメの話について、よく考えさせられたという。

『未来への義務』

「オープンイノベーションのプラットフォームになる」─。
 社会全体が大きな変革を迎えている今、大学の使命をこう語る伊藤氏は、「企業に対してオープンになるということは、大学間においてもオープンになるということ」という考えを示す。

 競争と共存。グローバルに環境変化が起きている中を大学はどう生き抜くかという命題。
 日本の大学の、世界で占める位置はどれぐらいかという指標はいくつもあるが、学費という点では、「世界の大学が1人当たり約600万円という学費を取っている中で、慶應は文系で100万円ですから」と伊藤氏。

 ハーバード大学などの米国の一流大学が年間の学費約600万円を取っているとして、では日本も教育内容で遅れを取らないために、「300万円の学費にしたい」と言っても、実現する状況ではない。
 国立大学の学費は年53万円。国立を含めて、今の100万円が200万円になれば、教育と研究も相当充実する─という意見もあるが、一気にそうはいかないのも日本の現実。

「スタッフの働き方はすごいです。人数も限られている中で」と伊藤氏は次のように続ける。
「教育は、自分の好きなことができるのだったら、いい仕事だと思うのはもちろんあります。
そういう意味では、自分の好きな研究もできるということで、そこら辺は米国のように給料をいくらにするとか、ということでもない」

 伊藤氏は国内事情に一定の理解を示しながらも、世界中で研究者や教員の取り合いになると、事情は一変すると語る。

「そうなると、自由競争になりますから、例えばこの大学は年収8000万円を用意してくれたけど、慶應はどうかと言われたら、それは無理ですと」
 伊藤氏はこう彼我の違いを語り、「日本は全員中級社会でいいと思うんですよ。日本はレベルが高い中級社会でいいじゃないですか。それはある意味、理想ではないですか。金持ちに分断されることもない」という考えを示す。

 伊藤氏が続ける。
「皆でお互いに助け合って、よい意味での中級社会でレベル高くやっていく。こういうことを言うと怒られるかもしれませんが、決して一番になる必要はないと思っています。日本という大きさの中で、しっかり日本を守っていく。それは安全保障的に守り、経済も守り、幸せも守る。そうやって、世界の中で、よい意味で中身があり、尊敬される国になるためには、皆が、レベルがある高さまで行く。でも給料は比較的横並びで、そういう中で勤勉に過ごしていくということがいいと思います」

 伊藤氏は、〝レベルの高い中級社会〟という表現を使いながらも、従来のようなカメでいいのかというと、そうではなく、
「もう一つ踏み出していく」ことが大事と訴える。
『未来への義務』─。伊藤氏が理系の仕事に携わっている時に書いた信条。未来に対して、次世代に対して、我々が今何をなすかという思いを込めたもの。

 変えるべきものと変えなくていいものとの違いを見定めるべきという伊藤氏の考えだ。

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本誌主幹 村田博文

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