2022-09-23

【倉本聰:富良野風話】最期の問題

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、現在日本人の全人口が1億2278万人に対し、2030年には1億1662万人、60年には8674万人にまで減少すると見込まれているという。

【倉本聰:富良野風話】抑える

 これに対し、総務省ならびに内閣府調べのわが国の高齢化状況は、65歳以上の人口が3621万人(21年10月1日現在)。同年同日の全人口1億2550万人に対し28.9%という数字になる。アバウトに言えば30%である。この高齢化率は、世界最高水準であるのみならず、群を抜いて高い数字であるらしい。

 世界の人口はどんどん増加の一途を辿っているというのに、日本の人口はどんどん減っている。いわば絶滅危惧種への道を辿っている。にもかかわらず、老齢化率だけがどんどん進んでいる。この不可思議な文化国家を、一体どのように受けとめたら良いのだろう。

 どうも1回見ただけでは信じられないデータなのだが、これを別のデータ、即ち65歳以上の高齢者一人を15 歳から64歳の生産年齢人口で支えるとすると、25年では2人で1人を、55年には1.3人で1人を支えねばならぬという計算になる。1000兆円の借金のある国が、とてもこんなことできるわけない。やはり日本という能天気な国は絶滅危惧国家だと思わざるを得ない。

 若い人たちは、はるか先のことだと呑気に考えているかもしれないが、人間齢をとり、子供がそれぞれ独立して家を去り、そんな筈じゃぁなかったのに、かつて若かった妻が齢をとり、老妻老夫の孤独な暮らしになると、豊饒のツケが突然訪れる。

 我が旧友にもその日が不意に来た。

 明るく豪快、大会社の社長だったその男がふいに夫人が病にとりつかれ、おまけに認知症まで発症してしまったから七十後半まで悠々自適に楽しんでいた暮らしが一挙に暗転してしまった。

 昨日までの豪快さが影をひそめ、一転暗鬱な暮らしになってしまった。

 倖い、しっかりした娘や婿、息子と嫁が近くにいて色々やってくれるのだが、夫人は遂に寝たきりになり、訪問介護士は来てくれるものの、身の廻りは全て彼がやらねばならない。こうなると男は、殊に社会で身分の高かった男の、家庭内における非力といったら、見るも無残にして哀れなもので、全てが初めての経験となる。

 苦しむ夫人のそばに常にいて、苦しめば起きて面倒を見なければならない。下しもの世話も一切しなければならない。おむつの交換、ハンディウォッシュという新兵器の存在、そんなものまで事細かに教えて、それでも眠れない妻への愛情に疑問を感じ始めた、などと情けない泣き声を呟くから、日記でも書いてごらん。文章を書くと心が休まるよと教えてやったら、息も絶え絶えに書いてきた文が

「おむつは 愛の 登竜門」

 高齢者の苦しみは最期に来るのである。

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