2021-02-01

大和総研チーフエコノミスト(内閣官房参与)熊谷亮丸氏が語る「コロナ禍、緊急事態宣言再発令の経済への影響」

熊谷亮丸・大和総研専務取締役チーフエコノミスト(内閣官房参与)

くまがい・みつまる
1966年生まれ。89年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。同行調査部などを経て、2007年大和総研入社。20年より現職。内閣官房参与(経済・金融担当)。経済同友会幹事、同経済情勢調査会委員長。93東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、16年ハーバード大学経営大学院AMP(上級マネジメントプログラム)修了。著書には『ポストコロナの経済学』(日経BP)など多数がある。

「今回の緊急事態宣言は前回に比べると景気への影響は限定的だが下押し圧力はある。ワクチン開発がシナリオの鍵を握る」と話す。米国でバイデン政権が誕生した中での米中対立の行方はどうなるか。その中で日本企業はレジリエンスのある強いサプライチェーンの構築など変革が求められる。2021年の課題、問題解決の道筋を探ると。

感染の「急所」に絞った今回の措置


 ── 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府は2021年1月8日に緊急事態宣言を1都3県に再発令しました。この影響をどう見ていますか。

 熊谷 今回は過去の知見を踏まえて、ピンポイントで急所を押さえに行くというやり方を採っています。例えば飲食店に対する20時までの時短要請、イベントは最大5000人かつ収容率50%以下といった形です。一方で学校に関しては休校を要請していません。

 前回は1カ月あたりで実質GDP(国内総生産)が約3・1兆円落ちましたが今回は0・9兆円と、経済への影響は限定的と言えます。対象地域が11都府県に拡大しても、実質GDPへの影響は1・3兆円とみられます。

 ── 日本の成長率への影響をどう見ますか。

 熊谷 21年のGDP見通しでは、宣言発令前は2・3%と見ていましたが、11都道府県で緊急事態宣言が出たことを受けて1・9%に下方修正しました。さらに、緊急事態宣言が全都道府県に拡大した場合には0・9%と見ています。海外の情勢悪化が加われば、さらに下押し圧力があるかもしれません。

 菅政権は中長期的には感染症の拡大防止と社会経済活動の持続性の両立を目指していますが、足下の感染拡大を受けて、まずは感染拡大防止にウエイトを置く方針です。

 ただ、経済を全て止める必要はなく、最新の医学的・科学的知見を踏まえて、感染の急所に絞るという意味で、今回のような措置を採っているのです。

 ── 「経済か、人命か」という二者択一論ではなく、そのバランスをどう取るかが大事だと。

 熊谷 そうですね。経済苦で自殺される方もおられます。1%ポイント失業率が上がると、1800人くらいの方が自殺されてもおかしくないというデータがあります。コロナで亡くなるのも、経済苦で亡くなるのも命ですから、トータルでどうやって、国民の尊い命を守るかという視点が重要です。

 当面、軸足は感染拡大防止に置くべきですが、経済にも一定の目配りをする必要があります。今回の措置は総理にとっても苦渋の決断だったと思いますが、その判断自体は正しいと思います。

 ── 宣言は発令されたわけですが、今後政府が採る必要がある方策は?

 熊谷 新型コロナウイルス対策の特別措置法を改正し、補償と罰則をセットで導入することが重要です。また、予備費がかなりありますから、万全の雇用対策が必要となります。雇用調整助成金の拡充、延長も考えていくべきです。

 そして将来的課題として、これまでは企業を救済してきましたが、今後は個人、特に弱い個人に焦点を当てることが求められます。考え方としては、困窮した個人が申請したら緩い要件で給付金を支給し、年末時点で所得が大きく減っていなければ課税をするといった形でスピードを重視した施策を考える必要があります。

 ── 諸外国に比べて感染者数、死亡者数などは少ないわけですが、医療の現場が逼迫していると言われます。

 熊谷 ええ。グローバルな視点で見れば感染者数は諸外国に比べて極端に少ないにもかかわらず、医療崩壊が懸念されているという状況をよく考える必要があります。ただ、今は非常時ですから医療従事者、病院に対して手厚い財政支援をすることが求められます。

 同時に、非常時には医師、看護師といった医療資源のマネジメントを政府が強制的に行えるように、感染症法などを改正することも課題となります。

 ── 非常に政治的なカジ取りが難しくなっていますね。

 熊谷 ええ。菅総理も、いろいろと悩まれながらご決断をされていると思うんです。ある意味で、今回の事態は人類が歴史上初めて経験することですから、どうしても試行錯誤で、トライアンドエラーになるのは仕方がない部分があります。

 例えば「GoToトラベル」も全国レベルで停止しましたが、尾身茂先生(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)が、政府に提言していたよりも、さらに先のことをやってくれたとおっしゃっていました。

 今回の緊急事態宣言の再発令は苦渋の決断であったとは思いますが、正しい判断をされたと思います。

 今は多くの国民が不安を感じていますから、菅総理、政府は従来以上に現状や政策判断の理由などを丁寧に説明して、国民の忍耐に対して感謝の気持ちを表し、不安を払拭して未来に対する希望を提示していくことが求められています。

 ── 希望を抱くきっかけとなり得るのがワクチンだと思いますが。

 熊谷 ワクチンは今後のシナリオの鍵になっています。標準的なシナリオでは21年が1・9%、22年が2・5%成長を見込んでいますが、ワクチンが普及すると21年は2・6%、22年は4・6%まで上振れする可能性があります。逆にリスクシナリオでは、感染爆発が2度起きると、マイナス成長に陥ります。

 国際比較で見ると、日本人はワクチンに対する警戒感が強い。欧米は多くの死者が出ていますから、少々副反応があっても、90%以上効くようなワクチンをつくる、日本は効き方は50~70%程度でも安心安全を第一にするという形で、開発に対する哲学が大きく異なります。

 ワクチンに関しては専門家がもっときめ細かく説明し、国民の警戒感を解いていくような姿勢が重要になります。

 私は、1月に入り、卓越した突破力や発信力を有する河野太郎規制改革担当大臣を、ワクチン担当大臣に起用したのは、素晴らしい人事だと思います。

グリーン化とデジタル化が成長戦略の柱


 ── 今はコロナ対策が最優先ですが、菅政権の政策の全体像をどう分析していますか。

 熊谷 よく「全体観がない」、「各論の寄せ集め」と批判する向きがありますが、戦略は細部に宿るものだと考えます。

 私なりに政策を整理すると、「国民の安心・安全」と「経済成長・労働生産性上昇」との間で好循環を起こしていくことが、菅政権の経済政策の全体像だと思います。

 例えば、菅政権は携帯通話料金の引き下げに取り組んでいますが、これは国民の安心・安全の観点では可処分所得の底上げ、経済成長・労働生産性上昇の観点では健全な競争環境の創出につながります。

 また、2050年にCO2排出の実質ゼロを目指すことを宣言しましたが、この「グリーン化」によるGDPの押し上げ効果は年1・2%、そしてデジタル化の推進は年1・1%の効果があり、合計で年2・3%、約12兆円の効果が見込めます。

 菅政権はこのグリーン化とデジタル化、それに加えて規制改革を成長戦略の柱に据えています。今、コロナに隠れてほとんど報道されませんが、実はものすごいスピードで工程表を作成し、取り組んでいます。

 例えば私自身も提言しましたが、先日の予算ではグリーン化に取り組む企業を支援するために10年間で2兆円の基金をつくっています。これは過去に殆ど例がないもので、政権の意気込みを示すものと言えます。

 その意味で、コロナが落ち着いてきたら、菅政権が何をやろうとしているかについて、国民に対して改めて提示し、丁寧に説明していくことが重要になると思います。(続く)

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