2022-12-25

【直撃インタビュー】塩野義製薬会長兼社長CEOの手代木功氏「フェーズ3が失敗していたら職を辞する覚悟でいた」

手代木 功 塩野義製薬会長兼社長CEO

「国産の薬で、重症化リスク因子の無い軽症・中等症の方までお飲みいただける薬であることには大きな期待をいただいていました」─。こう強調するのは塩野義製薬会長兼社長CEOの手代木功氏だ。国産初の新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」が緊急承認された。今後は薬を育てる「育薬」にステージは移るが、ゾコーバの誕生は日本の国際競争力を高める観点でも様々な意義がある。手代木氏がその想いを打ち明ける。

国産初のコロナ飲み薬が誕生 塩野義製薬「ゾコーバ」を緊急承認

100%説得できるだけのデータとエビデンスがなかった


 ─ 新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」が承認されましたが、それまでの間、社員や研究開発チームには、どんな言葉を投げかけてきましたか。

 手代木 自分たちの思いの丈はとても大きかったです。第7波までにたくさんの方々が亡くなりました。そういったニュースを見る度に、私どもとしては今回のゾコーバが承認されれば、全てではないかもしれませんが、少しは国民の皆様のお役に立てるのではないかという思いはありました。

 しかし一方で、医師の方々や厚生労働省の方々からすると、どういう段階にまでいけば皆様に提供していいものなのか、もう少し自分たちに安心材料を与えて欲しいという思いはあったと思います。

 その意味では、私どもが100%説得できるだけのデータとエビデンスを積み上げきれていなかったと思います。

 それでも何とか社会に報いたいと全社を挙げて取り組み、仮承認をいただけないかということで進めてきました。思いの丈は誰にも負けないつもりではあるけれども、やはり医学であり、サイエンスです。そう考えたときに、7月時点であと半歩足りなかった分については、我々が臨床試験におけるデータを積み上げて皆様から「これだったら大丈夫でしょう」と評価いただくに至っていないと受け入れざるを得ませんでした。

 ─ 反省して次につなげるべきこともあったと。

 手代木 はい。社内のチームからすると、「もうここまでやったのに……」という思いはあったと思います。しかし、それは我々の思いでしかありません。国民の皆様や医師の方々からの100%のご納得ではなかったということで「あと少しだから頑張ろう」と社員には話してきました。

 ─ ゾコーバの緊急承認を通じての教訓とは何ですか。

 手代木 やっとスタートラインに立たせていただきました。ここからきちんと薬を育てていかなければなりません。願わくば、1年後か2年後に振り返ったとき、今回の取り組みで我が国がウィズ・コロナの時代に入り、収束に少しずつ向かうことができたと思っていただけるように我々も信頼感の醸成に向けて取り組んでいくつもりです。

いま投じなければいつやるか


 ─ 塩野義製薬として、ゾコーバには過去最大の研究開発費を投じてきましたね。

 手代木 はい。21年度の研究開発費は730億円、22年度は950億円を予定しています。もちろん、国のご支援も一定程度はいただいています。とにかく今回のCOVID-19に関しては、患者様、医療従事者の方々が一番大変な思いをされました。

 さらに、ご本人が濃厚接触者でなかったとしても、行動制限があり、旅行業や飲食業の方々もずいぶん厳しい制限をされ、今まで普通にご商売をされていた方々が、なかなか普通の状況に戻れない日々が続いたわけです。パンデミックの影響で、社会がかなり壊れてしまったわけです。

 どうやったら社会を普通に戻せるのかと考えたとき、やはり我々のような製薬会社がやれることは医療機関の皆様に、患者様を治療できる良い薬を届けるだけではなく、安心・安全をお届けすることが大切ではないだろうかと思います。

 裏を返せば、当社は2023年に創業145年になりますが、何のために企業が存在をしているのかというその意義を見つめ直す機会にもなりました。たくさんの方々から「頑張れ」と叱咤激励もいただきました。

 そのためなら我々の持っている人やお金、情報も含めて、いま投じなかったら、いつ投じるのか、というぐらいの思いで、できる限り無駄は廃しながら、とにかくやれるだけのことをやっていこうという思いで会社としては取り組んできました。

 ─ 売上高の3分の1に匹敵する大変な投資になります。経営者としても覚悟をもって取り組んだことになりますね。

 手代木 私だけでなく、社員も自分たちがやらないといけないのではないかという思いを持っていたと思います。その使命感の中で精神的には、この2~3年が一番辛かったですね。

 医療とは全く関係のない友人からも「なぜそんなに時間がかかるんだ」と言われたり、「もう少し早く届けて欲しい」と言われたりもしました。それだけ一般の方々も切なる思いになっていたのです。

 自分たちも疲れ果てていて、これだけ社会が痛んでしまっている。そんな中でもゾコーバが次につながる希望なのに、なかなか世に出すことができない。我々としては最大限頑張りますとしか言いようがありませんでした。

職を辞する覚悟で臨んだフェーズ3


 ─ それでも踏ん張るしかなかったわけですね。

 手代木 はい。よく社長と副社長の差は副社長と新入社員の差より大きいと言われます。社長は最後に自分で決めて、その責任を負わなければなりません。もちろん、家族にも支えてもらいましたし、社員にもずいぶん助けてもらいました。そういった状況の中でステークホルダーの方々との約束が果たせないというわけにはいきません。

 正直申し上げて、ゾコーバのフェーズ3が失敗していたら、私は職を辞するのも仕方がないという覚悟を持っていました。ゼロからの開発なので失敗することはあるかもしれませんが、最終的に何一つ世に出せなければ「ワクチン敗戦」「治療薬敗戦」と言われ、日本の製薬会社に対する信頼も失ってしまいます。

 ─ 国力に関わりますね。

 手代木 はい。米国や欧州の製薬会社は、しっかり世の中に薬を届けるという点においては結果を残してきています。もちろん会社としての規模も大きいですし、各国の政府の支援もあるでしょう。ただ、結果としては、きちんとしたものを届けています。一方で、これだけのご期待をいただいて進み出し、フェーズ2bまででは「データが足りない」ということで7月に継続審議になったわけです。

 その後のフェーズ3の結果として、有効なデータが出ないと、米国や欧州で進めている試験の結果が出るまで、ゾコーバを届けることができなくなってしまいます。

 臨床試験の失敗は社長個人の責任ではありません。実際、今までもたくさんの臨床試験で失敗したこともあります。しかし今回に関しては、フェーズ3で結果が出なければ私は職を辞する思いでいました。

 ─ 新薬開発の成功率は非常に低いと言われていますね。

 手代木 フェーズ3までいけば2~3割ぐらいの確率ですが、最初から最後までであれば、3万分の1とか2万5千分の1といった成功確率になります。医薬品そのものは、そんなに確率の高いビジネスではありません。

 パンデミックという特殊な環境でしたので、国産の薬であり、なおかつ重症化のリスク因子の無い軽症・中等症の方までお飲みいただける薬であることには、医療従事者の方々のみならず、一般の方々からも、大きな期待をいただいていました。

ゾコーバが既薬と異なる点


 ─ この重症化のリスク因子の無い軽症や中等症の患者を含めて服用できるという点が画期的な点になりますね。

 手代木 その通りです。我が国の健康保険制度は世界の中で圧倒的に一番優れています。それが国民皆保険制度です。皆様がお医者様にフリーアクセスできるという仕組みを持っているのは我が国くらいです。

 例えば米国の場合、同国の保険制度は皆保険ではありません。その結果、とても高額な医療費がかかります。

 したがって、米国の方々の最も大きな関心事は入院をすることになってものすごく高い入院費などがかかるから、重症化することだけは何としても避けたい。それだけお金がかかってしまうからです。

 そうすると、米国で緊急使用許可を目指している薬は死亡を抑制するといったことはもちろんですが、プライオリティとして重症化を予防する、入院を抑制するといった方に置かれます。

 一方で、我が国の場合には、インフルエンザのように、ほぼ医療がフリーアクセスですから、一般の方々は病院に行ってインフルエンザの検査で陽性だと診察されれば、必要な方は、抗インフルエンザ薬を出してもらい、罹病期間(病気にかかっている期間)の短縮を目標に置いた早期治療が実施されています。

 ─ 米国では熱が出ても高い診察費を懸念して病院に行かないケースもあります。

 手代木 それは保険制度が違うからです。ですから、私どもは我が国の国民皆保険に合った形の経口薬(飲み薬)とは何だろうかと考えてきました。

 その結果、もちろん過度な医療逼迫が起きていないことが前提ですが、誰もがすぐに病院にかかって「コロナ陽性」と診断されれば薬をもらえる。その薬を飲んで自宅で安静にしていれば罹病期間を短縮することができ、社会復帰も早くできる。そういった薬が求められると思っていました。

 ただ、そういう方々を対象としたエビデンスをとることは難しいのです。インフルエンザがそうであるように、もともと健康な方が多く、自然に治る方も多い。ですから、薬の効果が最も出しにくいところなのです。

 ─ 米国企業の薬とはアプローチが違うのですね。

 手代木 はい。既に実用化されている米国企業の緊急使用許可を得た経口剤の2つは、ワクチンを接種していない重症化リスクのある方を対象に治験を実施しています。

 高齢者や糖尿病を抱えているなど、重症化のリスクを持っていらっしゃる方で、ワクチンによる免疫を獲得しておられない方を対象とされています。

 先ほど申し上げたように、米国では診察や入院にもかなりのお金がかかります。だからこそ、重症化されたら患者様はもちろん、医療保険財政的にも困りますし、何もしなければ死に至るかもしれません。そういった方々を何とか助けたいという思想で米国企業は新薬を治験して開発したのだと思います。

 一方で、私どもは、日本の医療現場でのお話もたくさん聞かせていただきながら、インフルエンザと同じように、普通に病院に行って検査をし、「陽性ですね。それではこの薬を出しますから、ご自宅で5日間安静にしていてください」というような形で、先生方に使用いただける。その結果、病気も治り、普通に社会生活に戻る。そのフリーアクセスの国民皆保険の制度に合った薬の開発に取り組んできました。

日本の国民皆保険に合った薬


 ─ そういった薬の開発に対する哲学的な違いも理解する必要がありますね。

 手代木 難しいところです。米国企業の経口剤も我々が実施した対象での臨床試験では苦労されていらっしゃいます。差が出にくいところだからです。それでも米国社会からすると、「そこはいいですよ」となっています。どちらかというと、重症化と入院を防ぐのが目的だから、症状を早期に軽減するまでの効果を追わなくてもいいということなのだと思います。

 ですから、その国の医療制度の違いが開発の哲学に影響しているのではないでしょか。こういったことは、なかなか一般の方々にはご理解をいただけない部分でもあります。

 しかし我々はこの違いを強く主張するつもりはありません。あまりにも日本の医療制度が良すぎて空気のようになってしまっている。そのように捉えてしまうのは当たり前なのです。

 とはいえ、これがグローバルに考えると当たり前ではないので、この医療制度に基づいた薬はどうあるべきなのかというのを本来はもう少し議論していただきたいなとは思っています。

 ─ 一部では米国の薬があるのだから、それで良いではないかという声もありましたね。

 手代木 そうですね。ただ、米国でどういう試験をした薬なのかが大事なのではないでしょうか。例えば今の米国企業の経口剤が、現在流行しているオミクロン株の流行期に治験を実施したのかと言えば、そうではありません。実施時期の違いもあり、当社はオミクロン株という一番差が出にくいところで頑張ってきました。製薬業界からすると「よくこんなところでやったな」と言われるような領域だと思います。

 ですから、製薬業界に詳しい人からすれば、どうして一番失敗するリスクの高い領域で治験をするのか。一番差が出にくい領域ではないかと思われていたと思います。しかし日本の社会からすると、そこで何とか結果が出たというのが、国民の皆様が待っていらっしゃった部分なのではないかと思います。リスクは高いけれども、ここでやらなければ意味がないというのが私どもの考えです。

 ─ 我々にとってはゾコーバの誕生で医療の選択肢が広がることになります。

 手代木 そうですね。違う選択肢があるということは良いことではないかと思っています

 ─ 開発に携わっていた社員にとっても大きな経験ですね。

 手代木 そうですね。開発に取り組んだ結果、失敗するケースももちろんあります。ただ、私どもで言えばインフルエンザの「ゾフルーザ」などがそうですが、「ゾフルーザのお陰で助かりました」というお手紙などをいただきます。患者様が当社の薬のお陰で助かった、楽になったとおっしゃっていただけるのは研究開発者冥利に尽きるのではないでしょうか。

 ─ 「国産」という付加価値がついたのは大きいですね。

 手代木 国民の皆様から見て「あの薬は使いやすい」「あの薬は我々の生活スタイルに合っている」と言われるものを提供させていただき、さらには日本の会社が作った「国産」だと言っていただけるようになったのは大きいことだと思っています。

 ロシアのウクライナ侵攻のような出来事が起こるとは誰も思ってもみなかったでしょう。しかし、あれが現実だと考えると、やはりこの国の国民の皆様を、この国の産業が守らなければなりません。国としてのインテグリティ(誠実さ)に関わることです。

 もちろん、同盟国ともお互いに協力はすると思いますが、製薬会社としては、まずは自国民の分を確保してから他の国に出しているのが散見されます。

 しかしそれは当たり前だと思いますし、責められるべきことでもありません。まずは自国民を守ってからということを考えると、命に関わる薬や医療の場合には、お金を出したら売ってくれるという単純なことではありません。

 逆に言えば、この国でも調達できますよと言えるからこそ、いろいろな意味での競争力が出てくるのです。

 そんなに高いのであれば買わないよといった交渉もできるようになるわけです。そこを含めて、競争力を担保しようと思ったら、やはり自国でやれることが一定以上ないと、なかなか難しいかなと思います。

 ─ まさに医療安全保障という観点にも通じる話だと。

 手代木 そう思います。教育や防衛、あるいは医療を含めた社会保障でも、まず自国が強みを持って、自分としてはこう考えるという基本的な考え方が求められます。その後に他国との対話ができるのです。

 自分で何も考えずに外の人が助けてくれるといった考えは、さすがにもう通用しないのかなと思います。

 そういった意味でも、今回、日本の患者様、日本の先生方、日本の自治体の方、皆様に協力いただいて実施した臨床試験の結果をもって、日本の当局が判断して新薬をこの国で世界で一番に承認した実績というのは、次につながる、本当に大きな意味を持つと考えています。

母と父からの影響


 ─ 国の在り方を考えていく上では重要な課題ですね。さて、そもそも手代木さんが大学を卒業して製薬を選んだ理由は何だったのですか。

 手代木 小さい頃は母には「とにかく手に職をつけなさい。人の役に立つ仕事に就きなさい」と言われてきました。その中でも私の母は私に医師になって欲しかったようです。ただ私自身は血を見るのが苦手だったので、それはなかなか難しい。そういう中で、では、お医者様が処方する薬を提供する側になれないかと考え、薬剤師を目指して薬学部に進みました。

 ─ お父さんの仕事は?

 手代木 東北電力の技術者でした。変電所などのメンテナンスをコツコツと積み上げていく仕事です。ですから、台風が来ると、必ず父親はいなくなります。自分の家を守らなければならないときに家にはいないのです。電力という国民の大事なインフラを守る仕事ですからね。

 私の父は台風憎し派でしたけれども、台風が来ると、とにかく電力の供給だけは絶対絶やしてはいけないという使命感を強く持っていましたね。

 ─ そういった両親の後ろ姿を見ながら、手代木さんが国というものを意識したのはどんな経緯からですか。

 手代木 この10年から20年にかけて、この国が世界的にも次第に競争力を落としてきていると、ずいぶん感じてきていました。「このままで良いのだろうか」と。そうではなく、日本だってきちんとやったじゃないか。あの会社を含めて、あの国はなかなか最後は頼りになるよと後世や他国の人々に言ってもらえるようにしたいと思っています。

 もちろん、1人ではできません。社員を含めて皆で何とか力を合わせなければなりませんが、子どもや孫の時代になったとき、日本はやはり誇り高い国だと胸を張って言える。自分が日本国民であることに誇りを持ってもらえるような国にしたい。

 そういった意味においても、今後はワクチンも含めて現在動いてるプロジェクトも進めていかなければなりません。遅れてばかりですけれども、ワクチンも全て自国の中で製造できるようにすることも重要だと思っていますし、それは続けていこうと思っています。

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