2021-03-07

【東大が進める大学改革】大学債発行、産学連携を推進ーー。東京大学総長・五神真の「大学は、社会変革を駆動する拠点として」

五神 真・東京大学 第30代総長

気候変動、デジタルトランスフォーメーションと変革期を迎える中で、「大学の出番はある」と東京大学総長・五神真氏。2015年総長に就任以来6年間、自らの大学改革を推進。『知の協創の拠点』をつくるための内外の優秀な頭脳を巻き込んでの世界最先端の研究施設づくり。そして蓄積された“知”を社会に還元するための産業界とのネットワークづくり、産学連携をも熱心に推進したのも、「経済に学問は必要」との思いからである。肝腎の大学経営は、財政難で国からの運営交付金も年々細る状況下、相当分を自ら調達する自助努力が求められるようになった。五神氏は「大学も経営体」として新機軸を次々と打ち出し、昨年10月には初の大学債を発行し200億円を調達。産業界全体に資金はあるのに、何に投資していいか分からないという“気迷い状況”に一つの道筋を示し、「資金循環を引き起こすトリガー(引き金)にしたい」という狙い。下手をすると、デジタル独占社会、デジタル監視管理社会になりかねない状況下、「市場原理だけでは手詰まり」と普遍的な共通価値づくりの必要性を説く。

本誌主幹 文=村田 博文


大学は、社会の変化を促す原動力

「社会変革を駆動する場として」──。

 2015年(平成27年)春、東京大学の第30代総長に就任して以来、6年間にわたって、五神真氏は大学の役割をこう位置付け、自らの大学運営の変革をも実行してきた。

 変化の激しい時代にあって、「大学の使命とは何か? 」という問いかけの連続。

「確固とした産業構造があって、それに合う人を育てて社会に送り出せばよかった“リニアモデル”の時代は終わりました。急激な変化の中、社会全体をあらゆる世代の人たちが同時に動いて変えていかなければならない時代になっています。そして大学が、その社会変革を駆動するのです」

 五神氏は、『知の協創の世界拠点』として大学を位置付け、だからこそ、変革の時代にあって大学の出番があると訴える(後のインタビュー欄を参照)。

 日本は昨年後半、地球温暖化ガス(CO2=二酸化炭素)の排出を2050年までに実質ゼロにすると宣言。〝脱炭素化〟(カーボンニュートラル)という課題である。

 CO2の排出をゼロとする2050年に向かうためには、社会全体として、産業全体として大変な努力が要求されるし、国難を伴う仕事だということ。

「そのためには2030年に少なくとも、CO2の排出を50%減にしなければ、人類が自らの手で地球環境を制御することはできなくなるという科学者からの警鐘があります。2050年の目標に到達できるかどうかは、2030年までの10年という短期間で勝負がついてしまうというのです。」

 人が地球システムそのものに大きな影響を与えてしまう、人新世という年代に入った今、「やれる事をきちんとやっていきましょう」と五神氏。

「日本だけが脱炭素化へ向かうと言っているのではなく、世界中の資金の流れがそちらに大きく舵を切っています。産業界もそれをきちんと捉えなければ、市場から資金を調達することも難しくなるでしょう」

 いま世界の変革をリードしているのはGAFAMと呼ばれるグループ。米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、そしてマイクロソフトなどのIT(情報技術)企業。あるいは中国のアリババ、テンセントといった企業集団である。

「問題はその中で、日本が主導権を握るシナリオがあるかということ」という問題意識を五神氏は示す。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)は流行言葉になっているが、その本質は何か?

「デジタル化されたデータをどう使うかが勝負、経済的な価値の重心も、これまでの形あるものから知識や情報を活用したサービスといった無形なものに移っています。この変化は、資本主義そのものも変質させるのです」

 カタチ(形)あるものから、無形なものに価値を見出す流れへと、資本主義・市場主義の本質が変わっていること。

 この大きな時代の変化に、「日本がうまくそれについていっているかというと、乗り切れていないところがある」という五神氏の認識。

「経営体」として
大学を見つめ直す

 五神氏は東大総長を今年3月末で終える。この6年間を総括すると、日本の財政がひっ迫し、国からの国立大学への運営費交付金が先細りする中で、自ら大学の活動資源を生み出すための大学改革だったと言っていいだろう。

『経営体』として大学運営を見つめ直す──。グローバルに目を転じれば、米ハーバード大は寄付金で積み重なった約4兆円ともいわれる基金運用で大学運営費を賄う。スタンフォード大などもその運営費は潤沢だ。

 東大の年間予算は約2600億円。これに対して、米スタンフォード大は約120億ドル(約1兆2300億円)、米ハーバード大は約55億ドル(約5660億円)規模とされ、米国の有力大学とは桁が違う。

 英国の名門、ケンブリッジ大学は約22億ポンド(約2700億円)で東大をやや上回り、オックスフォード大は16億ポンド強(約1600億円)で東大を下回るという水準。

 経済力の向上を反映して、中国の有力大学で習近平・国家主席の母校・清華大学は約230億元(3400億円弱)といった水準。

『知の協創の拠点』として、グローバルな競争は続くわけだが、時代の変化を生き抜くためのソリューション(解決策)づくりの中で、

「日本が主導権を握るシナリオ」を求めての大学改革である。

 大学自身が自らの存在意義を確認する改革と言っていい。

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