2021-03-07

【東大が進める大学改革】大学債発行、産学連携を推進ーー。東京大学総長・五神真の「大学は、社会変革を駆動する拠点として」

五神 真・東京大学 第30代総長


初の大学債を発行

 こういう状況下、東京大学・五神氏は昨年10月、初の大学債を発行し、産業界や他の大学関係者からも注目を浴びた。

「東京大学が東大全体の信用で発行する債券によって、未来のための若手研究者の支援や、新しい学問の掘り起こしのための資金を市場から調達します」と五神氏(インタビュー欄参照)。

 この大学債は投資家の人気を集め、6・3倍のオーダーが殺到。超低金利下という環境下でしかも40年債という長期の期間の債券発行だが、大変な人気をよび、証券関係者をも驚かせた。

 なぜ、東京大学債はこれほどの人気を集めたのか?

 それは五神氏の大学改革と関連する。氏は時代の転換期の今こそ、「大学の出番」として、改革を実践。

 産業界がデジタルトランスフォーメーションで事業変革を進める今、「経済社会に新しい知恵すなわち学問が不可欠」として、産学連携を推進。

「空気の価値化」を図るダイキン工業や、事業の絞り込みで高付加価値化を図る日立製作所、さらにはソフトバンクなどとの産学連携を次々と手掛けた。

 すでにダイキンは数十人の社員が東大に常駐し、年間約20億円を投じて産学連携の実を上げようとしている。

 五神氏は現在の経済社会をどう見ているのか。

「日本の経済社会を見たときに、最も停滞を象徴しているのは資金循環です」と五神氏は次のように語る。

「アベノミクスで金融緩和など積極的な手を打ってお金は確かにできたものの、未来のために何に投資すべきかが見えない。千数百兆円という個人資産、数百兆円の企業が留保している資金があっても、それが未来に備えた投資資金として十分動いていない。その中で、資金循環を起こすようなトリガーをかけて社会を変える必要があると考えました。そのきっかけとして出てきたのが、ソーシャルボンドの発行です」(インタビュー欄参照)。

 産業界に2百数十兆円の内部留保が貯まり、個人金融資産も約1900兆円に膨れ、しかも現預金が1100兆円となったまま、眠っているのが日本の現状。いわば投資のない国家だ。

 社会の富を創出する産業界を前向きにするトリガーとしての大学債発行である。

市場原理のひずみを
修正していくためにも

 この200億円の資金は何に使うのか?

「私達の今の生活のために使ってしまうのではなく、未来のために使うと宣言しました。さらに、東大で活動する人たちだけでなく、社会に広く還元するために、東大は能動的に活動する、そのための資金ということです」

 五神氏が続ける。

「債券ですので、この資金を40年後にしっかり返すことを約束することも重要です。市場原理経済のひずみがクローズアップされる中、それを修正するための力を大学セクターが自ら市場に入ることでつくっていくという意図もあるのです」

 今回の大学債発行には、多くの市場関係者が関わり、事業会社が投資して大学債を購入。

「多くの事業会社がわたしたちの活動に共感し債券を購入してくれました。営利企業も単に営利を追求するだけでは、市場からもお金を集めにくくなっています。会社は何のため誰の為に存在するのかが改めて問われています。世の中をよくするための活動をおこなうのが会社なのです」

 今、自分たちは何のために生きるのか、会社は何のために存在するのかという問いかけが進む。『社会貢献』や『公共財(資本)』といった言葉をキーワードに根源的な問いかけである。

 株主資本主義から、全ての利害関係者に目配りするステークホールダー資本主義への転換。産業も大学も、そして個人も大きな変革期を迎えている。

キヤノン・御手洗冨士夫会長兼社長「悲観は感情から生まれ、楽観は意志から生まれる」

負の側面も直視して
総活躍社会の構築へ

『Society(ソサエティ)5.0』──。狩猟、農業、工業、そしてコンピューター社会を経てAI(人工知能)やIoT(すべてインターネットでつながる)の『Society5.0』の社会を構築しようという目標。少子高齢化、地方の過疎化、貧富・格差問題を克服して、生きがいのある社会・希望の持てる社会をつくろうということだが、課題は常にある。

 デジタルトランスフォーメーションは下手をすると、〝データ独占社会〟をつくりあげてしまうということ。また常に誰かに監視される

〝データ監視管理社会(国家)〟ができてしまいかねない。現に、その兆候をわれわれは内外で見聞する。

 GAFAMは巨大なプラットフォーム企業に発展。アップルなどこれら有力企業はカーボンニュートラル推進にも熱心だが、部品の発注の際、カーボンニュートラルを振りかざして発注先に圧力をかけるということになってしまうのではないかという問題。

 ひとり勝ちしている企業や組織が一見、公平さを装い、圧力をかけ、「結局強い人たちをさらに強くしていくメカニズムになってしまう危険がある」とデジタル革命が進めば進むほど、そうした危険性が増すと五神氏は啓発する。 デジタルトランスフォーメーションを使って、個の多様性を生かしていくことが大事。

「例えば、テーラーメード医療や3Dプリンタを使ったオンデマンド生産など、これまでであれば切り捨てていた個の多様性をより丁寧に汲み上げ、尊重できるサービスです。それらがより高い価値を生むようになれば、老若男女問わず、みんなが参加できるインクルーシブな総活躍社会に変わっていけると思います」

 デジタル独占社会、デジタル監視管理社会の両極端を避けるには何が大事か?
「大学は、個々の自由な発想をもとに、学知という普遍を追求する場です。その大学という存在が社会変革の駆動力になっていくことは、より良い社会に向かう方法を見つけるための推進力になると思います」

 五神氏は3月末、東京大学総長を退任する。五神氏が気候変動やDXの問題などで国境を越え、産業と大学の垣根を取り払い、Global Commons(グローバルな共通領域)をつくりあげようという試みはこれからも続く。

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