2023-06-01

白井さゆり・慶應義塾大学総合政策学部教授「物価目標2%を5年で総仕上げする。これが植田総裁の発言のポイント」

白井さゆり・慶應義塾大学総合政策学部教授

「植田さんの発言から、何が金融政策の『本質』なのかを見極める必要がある」─こう話すのは、元日本銀行審議委員で慶應義塾大学教授の白井さゆり氏。4月に日銀総裁に就任した植田和男氏。最初の政策決定会合は「現状維持」。当面は金融緩和が続きそうだが、白井氏は「日銀は2%の安定的実現にコミットしているので、であればどう実現するのか情報発信を工夫していくことが重要」と指摘。今後の金融政策の方向性をどう見るか─。


日銀と市場のズレはなぜ生じるか

 ─ 日本銀行総裁に植田和男氏が就任し、最初の政策決定会合を終えました。白井さんは日銀審議委員も務めた経験から、今後の政策の方向性をどう見ていますか。

 白井 日銀の金融政策に行方について、市場では様々な意見が交錯しています。植田さんが何度も、これまでの金融政策の副作用に言及していることもあって、市場には早期修正観測が今でもあります。年内に修正すると見方もまだ多いようです。

 一方で物価目標2%の達成も目指しているので、現状維持が長く続くとの市場の見方もあります。この点、植田さんの発言の本質を見るべきだと思います。

 ─ 白井さんは何が本質だと?

 白井 ポイントは「金融政策の目的は何か」ということです。植田さんは2月の国会での所信表明でも、就任会見でも、この点を最初に触れています。

 新日銀法が施行されたのが1998年ですが、この時に金融政策の目的として「物価の安定」が掲げられました。過去、どの国の中央銀行も政府の管轄下にあって利用されることがあり、その結果として物価が不安定になるという歴史を繰り返してきたのです。日本も戦時中、軍事費用を大量の国債で賄ったことなどもあり、ハイパーインフレを起こしました。

 しかしこの40年ほどの間に、世界では金融政策は政府の影響を受けて決定してはいけないと考えるようになりました。国民のことを考えた時に一番経済的に良いのは、物価が安定することです。一時凌ぎで政府の財政支出をファイナンスするようなことに利用されると、物価は不安定になりますから。

 ─ 金融政策の基本は物価の安定であり、それを実現するには何がポイントだと考えますか。

 白井 植田さんは就任会見で、「98年の新日銀法施行以来25年間、物価安定の達成は積年の課題」と強調したのです。この物価安定の定義は13年1月に政府と日銀の共同声明の下で2%と定義されました。それを今も踏襲しています。

 この2%は米国、英国、カナダ、ECB(欧州中央銀行)も採用している国際的基準です。この実現が未達成なので、任期の5年間で総仕上げをするというのが植田さんの約束です。どの中銀にとっても物価の安定が一番重要です。それをないがしろにして政策調整をするのは中央銀行法で与えられた使命からみて難しいと感じています。

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