私の原体験は、2011年頃にシリコンバレーで、信頼していたビジネスパートナーに裏切られたことです。これを糧に自分の甘さを見つめ直し、現在があります。
その後は起業家兼ベンチャーキャピタリストという立場で活動する機会を得ました。そうして起業家を支援する中で、彼らは強い情熱や才能を持っているのに、例えるならば「野球のルールでサッカーをやっている」ように見えていました。
そこで私は17年に
『起業の科学』(日経BP)を上梓しました。それ以降、起業家の支援を通じて、やはり企業は経営者の器以上のものにはならないということを改めて感じています。組織の失敗、お金に関する失敗は致命的なものにつながります。しかし、それを誰かが教えてくれるかというと、そういう場は多くないのです。
起業家は戦略的に、泥臭く事業を進める必要がありますが、どこかで本当の意味での経営、執行のステージに移っていく必要があります。
そしてそれは実学で学ぶ他ありません。MBA(経営学修士)などはどうしても机上の学びになってしまう。私が20年に
『起業大全』(ダイヤモンド社)を出したのは、そうした問題意識からでした。
起業家、経営者はある分野の専門家である必要はありませんが、専門家を採用し、束ねていかなくてはなりませんから、広い視座が求められます。
私が上梓した2冊は幸いにも多くの起業家の方々に読んでいただくことができ、日本のスタートアップの底上げに微力ながら貢献できたのではないかと感じています。
2冊とも、本気で経営を考える経営者の方々の手元に置いていただき、何かうまくいかない時にめくってもらう、辞書のような使い方をしてもらうといいのではないかと思っています。
スタートアップ型の起業は、仮説を立て、検証をしながら進めるという「実験」です。スモールビジネスのように、商圏が決まる中でプロモーションをし、価格を決め、いい商品を出していけば売れるという世界とは違う難しさがあります。
その意味で、スタートアップを成功させるためには「プロダクトマーケットフィット」(PMF)、つまり、自社の製品やサービスが市場に適合している状態をつくり出すことが重要ですが、それも通過点に過ぎません。
2000年以降、成長したスタートアップというと楽天やサイバーエージェントなどが代表例ですが、彼らは産業や市場を創る担い手です。そうした担い手となるために大事なのはヒト、モノ、カネに加えてプロセス、戦略という5つをきちんと考えていくことです。
「ヴィンテージ2008」という言葉があります。2008年はワインの豊作年と言われると同時にリーマンショックが起きた年です。
米国では「ユニコーン」と呼ばれる、評価額1000億円を超えるスタートアップは07年から09年にかけて多く誕生していますし、日本でも有望企業が出てきています。
私は、次は「ヴィンテージ2020」になると見ています。例えはよくありませんが、ゴキブリのような生命力でコロナ危機を逞しく乗り越えて、加速したデジタル化、その「変曲点」を捉えた人が事業を大きく伸ばすことができるでしょう。私自身の失敗を含め、様々な経験を詰め込んだ書籍が、後に続く起業家の参考になれば、それに勝る喜びはありません。