2024-09-27

日本製鉄はどこまで米世論を納得させられるか、日米同盟も問われるUSスチール買収問題

今井正・日本製鉄社長

「日米同盟の根本にも触れる問題」との声も上がる、日本製鉄による米USスチールの2兆円買収。USスチール自体は株主、経営陣、従業員の大半は買収に同意しているものの、鉄鋼労組や米大統領選の混沌の中で、対立する両陣営から反対の意思を示されてしまった。改めて、なぜこういう事態になっているのか。そして日鉄にとって、この買収が持つ意味とは何なのか。そして今後の可能性は─。


買収成立に向けて「対話を継続している」

 日本製鉄による、米3位の鉄鋼メーカー・USスチールの買収が厳しい局面を迎えている。この最大の要因は、国の基幹産業である鉄鋼業の買収であるだけでなく、11月5日に行われる米大統領選の勝敗を左右しかねない案件にもなっているから。

 買収にはUSW(全米鉄鋼労働組合)が反対。過去3回の大統領選の勝敗を分けたのは、USWが強い影響力を持つラストベルト(錆びた工業地帯)に位置するミシガン州、ウィスコンシン州、ペンシルベニア州の3州。2012年にはバラク・オバマ氏、16年にはドナルド・トランプ氏、20年にはジョー・バイデン氏が制し、大統領への道を開いた。今回も、民主党のカマラ・ハリス氏、共和党のトランプ氏、ともにこれらの州からの票を得るために必死。

 そのため、ハリス氏は日鉄のUSスチール買収について、「米国内で所有され、運営される企業であるべき」と反対の意向を表明。トランプ氏は複数回にわたって反対を表明し、直近は8月末に「日本に渡してはならない」とさらに強い表現で反対の意思を明確にしている。

 さらに、米国ではバイデン大統領が「安全保障上の懸念」を理由に、この買収に「中止命令」を出すとも報じられている。9月13日現在、中止命令は出されていないが、投資を審査するCFIUS(対米外国投資委員会)が、安全保障上の懸念を日鉄に伝達したという。具体的には「米国内の鉄鋼生産能力が削減される可能性」が指摘される。

 ただ同時に、この懸念に対して、CFIUSを構成するメンバーである米国務省、米国防総省は同意していないとされる。

 米国の動きに対して日鉄は、CFIUSに買収申請を取り下げ再申請、判断は大統領選後になる。ただ、形式上ここで買収が破談になるため、契約の中で示されているという違約金、800億円の支払いがどうなるかは不透明。

 事態の打開に向け、買収を特命で担当する日鉄副会長の森高弘氏がUSスチールのトップとともにCFIUSに関連する関係者と会談。協議内容は明らかにされていないが、日鉄は24年12月末の買収成立に向けて「対話を継続している」(日鉄関係者)という立場を崩さない。

 日鉄が巨費を投じてUSスチール買収を決めたのは、今後の成長に向けてグローバル戦略の軸とする狙いがあったから。これまでのグローバル戦略は、中国で宝武鋼鉄集団(宝山鋼鉄)との合弁による高級自動車鋼板製造の他、タイ、インドネシア、ベトナムに拠点を持ち、事業を進めてきた。このうち、宝山との合弁は日系自動車メーカーの現地需要が縮小したことなどもあり、24年7月に解消を決めた。

 近年は世界各国で鉄鋼の「自国産化」の動きが強まる。そのため、成長市場の利益を享受するためには現地企業の買収で、自らが「インサイダー」にならなければならなかった。

 そこで焦点を当てたのが米国とインド。米国では14年、鉄鋼世界首位のアルセロール・ミタルと共同で、独ティッセン・クルップのアラバマ工場を買収。そしてインドでは、やはりミタルと共同でインド鉄鋼4位のエッサール・スチールを買収し、両成長市場に足場を築いた。

 それに続く動きが、USスチール買収だった。米国が成長市場であること、USスチールが「脱炭素」に必要な最先端電炉を持っていること、「水素還元製鉄」に必要な高品質鉄鉱石鉱山を保有していることなどが、買収を打ち出した理由。

 しかし今回、仮にUSスチール買収が頓挫した場合、日鉄のグローバル戦略は大きな見直しを余儀なくされる。

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