2021-04-15

岩谷産業・牧野明次会長兼CEO「2050年の脱炭素社会に向け水素の役割は重要。官民一体で気候変動対策を」

牧野明次・岩谷産業会長兼CEO

まきの・あきじ
1941年9月大阪府生まれ。65年大阪経済大学経済学部卒業後、岩谷産業入社。88年取締役、常務、専務などを経て、98年副社長、2000年社長、12年会長兼CEO。09年より関西経済連合会副会長。

「『飛行機も水素で飛ぶようになるぞ』という創業者の言葉が強烈印象として残っています」と話す。岩谷産業の創業者・岩谷直治氏が1941年に初めて水素を販売して以降、80年以上水素に取り組んできた。牧野氏はその創業者の思いを受けて、水素を新たなエネルギーとすべく奮闘。今、2050年の脱炭素社会実現に向け、水素の役割は重い。その課題と今後は──。

産業を横断した水素の協議会が誕生


 ── 最近、政、官、民がいかに情報交換、対話をするかということが議論になっています。

 牧野 政、官ともに民が何を望んでいるかを知っていただく機会が多くないと感じています。日本には建前と本音がありますが、本音を聞いていただく機会が必要ですし、政治、行政がやろうとしていることを民に対してきちんと説明してもらいたい。こういうコミュニケーションは絶対に必要です。

 コロナ禍が起きて以降、夢を奪う議論が多くなってしまい、「これをしたら叩かれてしまうのではないか」と感じている人も多く、何かをやるにしても勇気が必要です。

 政、官、民が一緒になって、コロナが終わったら世の中を明るく、面白くしていこうという夢を語っていきたいですし、その雰囲気がないのが残念です。

 ── 今回は脱炭素に向けた水素の可能性についてお聞きしたいのですが、牧野さんとも一緒に水素の普及に取り組んできた、ENEOSホールディングス名誉顧問の渡文明さんが亡くなりましたね。

 牧野 直前まで本当にお元気でしたが……残念です。渡さんを始め、水素関連事業に取り組む11社で、13年に「水素同盟」を結成し、活動してきました。

 この水素同盟が母体となり、20年末に、現在195社が参加する「水素バリューチェーン推進協議会」が設立されました。この協議会では産業分野、輸送部門への需要拡大と、安価な水素供給の手法の確立、政府への政策提言や資金供給の強化を図ることを目指しています。

 協議会ではトヨタ自動車会長の内山田竹志さん、三井住友フィナンシャルグループ会長の國部毅さん、私が共同代表者となっています。

 ── 菅義偉首相が2050年に「カーボンニュートラル」を目指すと宣言しましたが、水素の果たす役割は重要ですね。

 牧野 はい。菅首相の宣言には驚き、感動しました。日本にもCO2フリー社会を目指すという大きな方向性が見えました。

 米国のバイデン政権は4年間で2兆㌦(約200兆円)、欧州連合(EU)も10年間で官民合計1兆ユーロ(約120兆円)という投資目標を掲げています。

 日本でも、脱炭素社会の実現に向けた企業の研究開発を支援する2兆円の基金が創設されます。金額には差がありますが、菅首相が目標を示してくれましたから、日本もそんなに立ち遅れることはないと思います。

 ── 規制などの問題がありますから、官民一体となって取り組むべき課題ですね。

 牧野 そう思っています。水素活用の道筋がついていけば、国からの支援策も出てくるでしょうし、民間も自ら投資をしていくことになります。官民一体で世界に負けない気候変動対策に取り組む必要があります。

 民間の問題でいえば、すぐに事業になるか、利益が出るかという議論になってしまいますが、今回の気候変動、SDGs(持続可能な開発目標)に関しては、利益が出るかという話ではなく、政・官・民一体で立ち向かう必要があると思っています。

 ── ESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGsに沿った取り組みということですが、日本は立ち遅れています。

 牧野 巻き返せると思っています。今回、水素バリューチェーン推進協議会を設立した背景の一つには欧州が水素に注力してきたことがあります。トヨタの内山田さんが共同議長を務める「水素カウンシル」(本拠・ベルギー)という国際団体がありますが、こちらの活動も活発化していました。そこで日本も業界ごとでなく、業界横断で一緒になって取り組まなければならないのではないか? という話になったのです。

 ── 三井住友FGの國部さんが共同代表を務めている他、他のメガバンクも参画していますが、金融の役割は大きいと。

 牧野 ええ。参加している195社は全産業から業界に関係なく入っていただいていますが、金融が入っているのは珍しいかもしれません。用途開発やプロジェクトの遂行、さらには新たな企業を育てるためには資金が必要です。その意味で他にない団体になっていると思います。

 5月に初めての総会を開催しますが、協議会としての提言書を3月16日に政府に提出しました。

「そのうち飛行機も水素で飛ぶようになる」


 ── 岩谷産業は水素事業を手掛けて80年以上になりますが、改めて水素の可能性をどう考えていますか。

 牧野 1941年に当社の創業者・岩谷直治が初めて水素の販売を行ったのが最初です。その後、1958年には兵庫県尼崎に大阪曹達さん(現・大阪ソーダ)から塩素精製の際に出る排ガスを調達して水素を精製する大阪水素工業を設立しました。同社は合併を経て現在、岩谷瓦斯となっています。

 当時は食品添加物としての活用などから始まりましたが、私が1965年に岩谷産業に入社して間もなく、創業者は「そのうち飛行機も水素で飛ぶようになるぞ」と話していました。それが強烈に印象に残っています。

 その後、1975年に大阪水素工業尼崎工場内に水素の液化装置をつくり、宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)が進めているロケット開発のための液化水素を納入しました。その後も、ロケット向けの液体水素は私どもが納入しています。

 ── 創業者の考えたことが現実のものになっていった。

 牧野 ええ。1941年から今日まで、水素を新たなエネルギーとして使ってもらえるようにしたいという信念を持ち続けて取り組んできたことで、水素は岩谷産業の得意技になってきました。

 個人的には大阪曹達の社長が私の叔父で、まさかその自分が水素に取り組むことになろうとは思ってもいませんでした。ご縁を感じます。

 また当社は1953年に家庭用LPG(液化石油ガス)の供給を始めましたが、私は2000年に社長に就いて以降、LPGはこのまま続くのか、あるいは他の燃料に取って代わられるのではないか、という危機感を抱いてきたのです。

 ですからLPG業界の会合があると「今のプロパンは水素に代わり、各家庭は燃料電池でエネルギーを起こす時代が来る」と言い続けていました。

 我々は水素とプロパンを混合して活用していけば価格も下げられるし、やっていける、新しい生き方を探ろうと言ってきたんです。最初は「また言っているな」という反応でしたが、最近は徐々に水素社会が実現しつつあることで変わってきました。

 ── 自動車でも、トヨタが燃料電池自動車「MIRAI」を出したことで、人々が水素社会を実感し始めましたね。

 牧野 そうですね。まずは一般のお客様に水素に馴染んでいただくために、自動車に乗っていただくというのは一つの方法だと思います。

 そのために卵が先か、鶏が先かという議論になりますが、燃料を供給する水素ステーションがなければ、自動車に乗っていただけないのではないかと。ですから利益は横に置いて、ステーションをたくさん作らせていただき、乗っていただく方々にご不便がないようにしなければいけないと考えています。

 ── 現在、イワタニ水素ステーションは全国に何カ所ありますか。

 牧野 今年度中に53カ所です。2021年度は100億円ほどを投じて拡充していく計画です。1カ所5億円の投資とすれば20カ所、仮に規制緩和があって、投資額が下がればもう少し建設することが可能になります。

 ── 規制緩和は水素ステーションの普及において、大きな要素になりますね。

 牧野 そうです。現在は配管材料や保安距離などの規制が強い。例えば海外製品が使えないわけですが、許可してもらえれば、かなり安く建設することができます。

 もう一つの課題は土地です。今、線道路沿いの900~1000平米の用地確保は至難の業です。

 また、水素ステーション以外の水素設備にも100億円を投じる計画で、水素関連で合計200億円の設備投資を予定しています。

 自動車以外にも鉄道総合研究所さんで、燃料電池と蓄電池を電源とするハイブリッドシステムを搭載した電車の研究が進んでいます。こうなると架線がいらなくなりますからメンテナンスが不要、架線事故もなくなります。ドイツでも研究を進めている技術で、彼らはすでに電車を走らせています。

 イノベーションを起こすためにも、やはり規制緩和が必要です。技術はあるのに、それは昭和の始めにできた法律に合わないという問題もあります。これでは日本の発展を遅らせてしまいます。

「国産水素」でエネルギー安全保障を


 ── 他に一般の方に水素に触れてもらう機会はありますか。

 牧野 東京オリンピック・パラリンピック用にトヨタさんが燃料電池バスをつくり、東京都に納めておられます。加えて我々は環境に優しい水素を運ぶための水素トラックを生産して欲しいという要望を、トヨタさんにしているんです。

 ── CO2を減らす観点で、水素を何から生産するかも課題ですね。

 牧野 そこで福島県浪江町に太陽光、風力など再生可能エネルギーで起こした電気を使って水を分解し、水素を生産するという設備「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」があり、我々も実証に参画しています。

 また、2025年の大阪万博に向けて我々が提案しているのは水素旅客船です。万博の会場である夢洲と、市内沿岸部の観光地を運航、回遊することを想定しています。

 ── 水素はCO2を出さないことが最大の利点ですが、それ以外に他のエネルギーと比較した時の良さは?

 牧野 近年、自然災害が多発していますが、災害時でも水素と燃料電池があればどこでも電気を灯すことができます。

 ── サステナブルな燃料だということですね。一方で課題はコストになりますか。

 牧野 おっしゃるように価格は高い。今は水素を製造するために立米あたり約100円がかかっていますが、これを30円以下、今の石油よりも安くならないと使うメリットがないと思いますから、いかに安く製造するかが問われます。

 ── 安く水素を製造するための方策は何がありますか。

 牧野 今の日本の電気は油焚き、LNG(液化天然ガス)焚きの電気ですから「グリーン水素」とは言えません。さらに電気代が高いので我々の努力で価格が下がりにくいのが現実です。

 そこで海外で製造する方法を考えています。今豪州で褐炭を分解して水素を製造し、発生したCO2はCCS(二酸化炭素地下貯留)技術で地下に埋める。水素は液化して専用船で日本に運ぶのです。日本に輸送した後は、神戸で実証中の水素発電施設で活用します。

 また、我々はインドネシアやマレーシアから木質バイオマス燃料・PKS( Palm Kernel Shell =パーム椰子種殻)を輸入し、発電用の材料として販売していますが、我々自身も使おうではないかと考えています。

 当社で5万㌔㍗ほどの発電所をつくり、PKSで起こした電気で水素をつくる。自分達で電気を起こし、水素を製造しようという計画です。そうして国産の水素をつくりたい。

 海外での製造ももちろん重要なのですが、エネルギーを海外に頼り過ぎると、その国の事情に左右されてしまいます。日本製の水素をつくらないと、エネルギー安全保障の観点でも問題があるだろうと思っています。

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