2021-06-04

米中対立の中で日本は「経済安全保障」をどう図るか

総理官邸

政治と経済が一体化する中で…


 経済安全保障──。コロナ禍で世界経済、社会が混乱を来す中でも、米国と中国の対立は続き、激しさを増している。その中で日本は米国とは同盟関係にあり、中国とは地理的、歴史的に「引っ越しできない」関係にある。そのため政府としては元より、産業界としてどういう立ち位置を取るかが問われている。その中で問われているのが、冒頭の経済安全保障だ。

 かつて中国への企業の立ち位置を示す「政冷経熱」、つまり「政治と経済は別」と言われた時期もあったが、今は経済と安全保障は結びつきが深くなり、企業経営が政治の影響を免れることは難しくなっている。

「米国、中国、両方で儲けたいという考え方でアプローチをすると、全てを失う危険性があることを経営者はしっかり認識するべき」──こう指摘するのは自由民主党税制調査会長で、新国際秩序創造戦略本部座長を務める甘利明氏。

 甘利氏は、企業は米国、自由主義国の担当者と、中国の担当者との間に明確な「ファイアーウォール」を設けなければ危ないと話す。そして、中国に進出するにあたっては、自分の企業の情報、知的財産を全て奪われる、という前提で進めないと得るものより失うものが大きくなると警鐘を鳴らす。

 2020年8月、ドイツの情報機関は「中国に進出した企業は密かに探られている」という警告を発した。中国で活動する企業には、当局が公認する税務ソフトの導入が義務づけられているが、航天信息と百望雲という2つの中国企業が提供するソフトを導入した企業が調べたところ、「ゴールデンスパイ」と呼ばれる、情報を抜き取るスパイウェアが発見された。

 実際に中国政府が関与しているかはわかっていないが、企業は常に監視されていることを意識しなければならないという現実が突きつけられた形。

 もちろん、かといって市場としての中国を無視することは企業にとって現実的ではない。製造業であれば例えば、中国で製造する際に基幹部品などはASEAN(東南アジア諸国連合)などで生産し、中国に輸出するといった工夫も必要になる。

 そして問われるのは「ブランド力」。今も、中国の一般国民にとって、「本当にいい製品は日本企業からしか買えない」という考えは根強い。この強みをどう活かすか。企業には「したたかさ」も求められる。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、AI、監視カメラ、電子決済、移動情報などがデジタルでつながり始めている。その上で政府に求められるのは米国やアジア太平洋地域とともに「国際標準」づくりに取り組むことだといえる。

土地取得計画の凍結報道も 徐々に強まるテスラへの圧力


 米中対立の余波は自由主義経済国の企業の行動にも及ぶ。影響を大きく受けているのが米・電気自動車(EV)メーカーのテスラだ。

「今後の目算が狂うのではないか」──。ある自動車会社幹部は推測する。テスラが中国の上海工場を拡張するための土地取得計画を凍結したと報じられた。米バイデン政権が発足しても、トランプ前政権が課した関税措置が重荷になっているからだ。

 テスラは19年末、米国外で初となる完成車工場を中国・上海市で稼働。20年1月には主力小型車「モデル3」の納車を始め、SUV(多目的スポーツ車)の「モデルY」も追加していた。足元の年間生産能力は45万台に達し、米工場の60万台に匹敵する規模になっている。

「テスラにとって中国は販売市場というだけでなく、生産拠点という意味合いも大きい」とアナリストは指摘する。生産などのコストが割高な米工場から上海工場に生産地を切り換えることで、米国や日本、欧州に割安で輸出。実際、日本における「モデル3」の価格を21年2月には2割程度下げていた。

 しかし、米国が中国製EVを輸入する際、既存の関税に加え、25%の税率を上乗せする方針を継続。上海工場を輸出拠点とする考えだったテスラにとっては、米中対立が長引いたことで中国生産比率を制限することを余儀なくされた形だ。

 コロナ禍でもテスラにとっての稼ぎ頭は中国。21年1~3月の中国での販売台数は約7万台と米国での販売台数と並ぶ。これもCEOのイーロン・マスク氏が中国政府との良好な関係を構築したことが背景にあるが、21年に入ってからは品質問題やスパイ疑惑など、テスラにとって“逆風”が強くなっている。

「経済安全保障」に対応する流れが強まるが、一方で米国にとって最大の貿易相手国は中国。中国にとっても最大の貿易相手国は米国という関係の中で、どう決断を下していくか。解決策づくりは一筋縄ではいかない。

韜光養晦から覇権主義へ

 2021年7月、中国共産党は結党100周年を迎える。そして22年秋には中国の最高指導部人事を決める共産党大会が開かれる。現在2期目の総書記(国家主席)・習近平氏の任期が切れるが、習氏にとっては、この党大会で長期政権を築くことができるかが決まる重要な場。その意味で、中国は米国との対立で引くことは考えられない。

 1978年12月の党大会で、当時の最高指導者・鄧小平氏が「改革開放」を打ち出して43年。「国家資本主義」で世界第2位となった中国。

 鄧氏の時代には「才能を隠して内に力を蓄える」という意味の「韜光養晦」(とうこうようかい)で来たが、今は例えば「宇宙強国」という言葉に見られるように「覇権主義」的色彩を強めてきた。

 ウイグル問題など、人権に関わる課題も抱える中、日本、国際社会は難しい対応を迫られている。

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