情報が筒抜けになるソフトのインストールを命令
甘利 去年産業界で有名になった事件があります。中国に進出している外資系のすべての企業に、中国共産党から、税務会計のソフトをインストールせよという命令が来ました。
要するに地方税を計算するために、2つある税務会計ソフトのうち、どちらかをインストールをせよというものです。調べたら全部マルウェアが入っていたのです。つまりスパイウェアが全部入っていて、全部情報を抜くためのソフトを入れろという命令なのです。
それを米国とドイツが発見して世界に報道されました。日本もいくつかの企業が米国からそういう指摘をされて調べたら、全部マルウェアが入っていたということです。
── 会計情報が全部筒抜けになっていたと言っても過言ではないですね。
甘利 加えて、それが報道された途端、何事もなかったようにマルウェアを抜き取るという作業を中国はやったわけです。
── AIや5Gといった先端技術が軍事も絡むようになりました。中国の出方をどう見ますか。
甘利 そうした先端技術は、実は専制国家と親和性が高いのです。
監視カメラと顔認証、AIのシステムと電子決済、それから移動情報といったものすべてがデジタルでつながっていて、一人ひとりのありとあらゆるデータが国家に把握されるわけです。
そうすると、これらを使って盤石な統治体制、つまり不満分子を芽の段階で摘み取るという国家監視型のスマート社会につながるのです。
かつて、SNSを含めてデジタル社会が広がると、大衆の不満が国家を揺り動かし、より民主的になると言われましたが、全然違う方向に進みました。
── SNSや顔認証を使って、民主化どころか国家監視体制がますます強化されるようになった。
甘利 はい。昔はいくら公安が動いても地下で反政府運動ができたが、デジタル化が進んでいくと、10億人いようと一人ひとりの詳細な監視ができるようになりました。
世界を見渡すと、それをありがたいと思っている専制主義国の方が民主主義国より多いのが現実です。そうすると、国家監視型の体制が世界に広まり、国際標準化する危険性があります。
中国の監視カメラ、中国の顔認証システム、中国のAI、中国のアリペイなどの決済システム。これら一式が国際標準化されれば、中国としては一粒で二度おいしいじゃないけど、まず機器が輸出できます。システムが導入されると、オペレーション、ソフトと合わせて三点セットになる。商売としてはすごくおいしいわけです。ということは、マルウェアセットを輸出しているのと一緒なのです。
輸出した先の個人情報は全部、(権力の中枢)中南海に集まるわけです。大げさに言うと、中国による世界統治が完成する。
── 中国を中心とする世界観ですね。
経済と安全保障を絡めた「経済安全保障」という認識が必要になってきたと。
甘利 経済と安全保障は表裏一体になってきたわけですよ。
── そうした環境下で経済が外交の武器に使われるようになった。
甘利 経済を武器に使うという考え方は昔からありました。経済制裁というのはまさにそれです。
昔は国際ルールを守らない国家に対して、正しい方向にもっていくために、経済制裁をミサイル以上の武器として使った。
これは、いわば「正義の武器」なんですよ。ところが、政権運営のための武器として使えると一番に考えたのが中国でした。
── 鉄鉱石やワインなどで、豪州が中国から経済制裁に近いことをされました。
甘利 はい。豪州の他にもフィリピンや台湾も実質的な貿易制限を受けました。
中国は自国を巨大市場にして、世界中の経済を中国に依存させていく。中国に対して敵対的なことを言ったり、行動した国については、この依存度を武器に使って内政干渉する。つまり経済を使った内政干渉というのが、エコノミック・ステイト・クラフト(経済をテコにした国益追求)です。
中国市場には、したたかに向き合う必要がある
── 甘利さんは日本の経営者と話をされて、経済安全保障の認識について、どのように感じていますか。
甘利 日本の経営者の考えは甘いと感じています。相当したたかに中国市場に向き合わないと大変な目に遭いかねません。かつて進出中小企業がノウハウを吸い取られた後、経営が厳しくなり、生産設備を残し丸裸にされて引き上げた例が多々あります。
今もうけさせてもらっているからといって言いなりになっていると、5年後大変ですよということです。
そういう意識でみんなが結束しなければいけません。以前、中国がエコノミック・ステイト・クラフトでフィリピンのバナナの輸入を止めました。また、台湾の振る舞いが気に食わないからと、パイナップルの輸入を止めました。
── 制裁的にそういうことをするのはWTO(世界貿易機関)違反ですよね。
甘利 そうです。ですからバナナやパイナップルが止められたら、自由主義陣営が結束してみんなで買ってあげればいいのですよ。
── 米テスラ社が最近中国で「情報収集をしている」と批判されましたが、これはどう見ればいいですか。
甘利 今は利益を上げていると思いますが、これから先どうなるか分かりません。
テスラ社は先行する自動運転技術で人気がありますが、その技術を中国が吸収し尽くしてしまうと、存続するかどうか分かりません。
テスラの株価が高いのは、自動車会社としてもうかっているからではないのです。
テスラ車は、スマホにタイヤがついているようなもので、走っている間に収集したデータを米国テスラ本社に全部吸い上げて、それを、安全運転技術への貢献に加え、二次利用しているデータプラットフォーマーであるところに強みがあるのです。テスラのビジネスを自動車販売ビジネスだと思ったら間違いです。
中国がデータ活用に制約をかけた途端にテスラの魅力はどんと落ち、経営戦略に影響する可能性もあるでしょう。