2021-06-12

【作家・倉本聰】放送開始40周年を迎える『北の国から』の主人公・黒板五郎が訴えてきたものとは?


尊厳死・安楽死はタブー

 ── 例えば、診察のときでも患者の顔を見ないでパソコンの画面だけを見ながら病状を説明する医師もいますね。

 倉本 そうですね。僕が顧問を務める日本尊厳死協会は超党派の国会議員と連携して尊厳死に関する議員立法を何度も試みたのですが、全部、途中で潰されてしまいました。やはり尊厳死・安楽死はタブーなんだと思います。だから、誰もそこに突き進んでいかないのです。

 ── 海外ではどうですか。

 倉本 全てを調べたわけではありませんが、尊厳死や安楽死を認めている国はどんどん増えてきています。スイスやスウェーデンだけでなく、韓国もそうです。各国で今の世の中に即応した物の考え方に思考が変わってきているはずなのですが、日本は全然変わっていません。

 ── 物事の本質・核心に触れる議論は避けていますね。

 倉本 ええ。いま医療崩壊が起きて病院に運ばれずに救急車の中で亡くなるとか、自宅で亡くなるといったことが起きていますが、僕はそういった人たちの死に方がどういう死に方なのかと想像してしまうんです。しかし、マスコミはそういう人たちの苦しみ方を報じません。

 だから、若い人たちも自分が病気にかかったときに、どう苦しむのかというのを想像できない。実際にそれを見ていないからです。それで街に出て路上飲みなんかをしてしまうんです。

 ── 社会の一員であるという意識が希薄なのでしょうか。

 倉本 自覚がないのでしょうね。これがどこからきているかと考えると、僕は終戦直後の民主主義が入ってきたときに間違ったんだと思うのです。民主主義は権利と義務という両輪で成り立っていますが、それまでの日本では権利・主張が認められてきませんでした。義務、義務で終戦まで来ていたのです。

 ところが戦後になって突然、権利・主張が認められるようになった。それが嬉しくて、みんなが飛びつく。その結果、個人の自由が叫ばれて、みんなが権利に飛びついたわけですが、一方で義務を忘れてしまった。

 ですから、今の日本というクルマは「権利」という右車輪だけが大きくて「義務」という左車輪がどんどん小さくなっている。そんなクルマは1カ所をグルグル回るだけになります。

 ── ゴールデンウィークも自宅にいることが我慢できずに外出する人が多かったですね。

 倉本 やはり「死」という現実を知らないからでしょうね。国というものをもっと厳然と考えていたならば、そんなことはしないと思います。ですからよく「経済」と「命」を「アクセル」と「ブレーキ」という言葉で表現するんでしょうね。

 日本というスーパーカーができてしまったわけだけれども、このクルマにはブレーキを踏もうにも、そのブレーキがどこにあるか分からない。もう1つ言えば、完全に付け忘れた部品がある。それがバックギアだと思います。僕がテレビドラマ『北の国から』で言いたかったところはそこなんです。

【倉本聰:富良野風話】怒怒怒!

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