2021-06-16

JFEホールディングス・柿木厚司が進める「脱炭素」戦略 悪者・CO²を再利用する製鉄法を開発へ

柿木厚司・JFEホールディングス社長

中国を抜きには語れない世界の鉄鋼業


「今、我々は大きな転換点を迎えている」と話すのは、JFEホールディングス社長の柿木厚司氏。

 コロナ禍は世界的に、様々な産業に悪影響を与えているが、鉄鋼業界はそれ以前から構造的な問題を抱えていた。

 2019年頃から、世界生産の6割を占める中国の生産が増える中、原料価格が高騰した一方で、中国などからの製品供給が需要を上回り「原料高、製品安」という状況に陥った。そこでグループの鉄鋼事業会社・JFEスチールは20年3月27日、東日本製鉄所京浜地区(神奈川県)の高炉を、23年度を目途に休止することを柱とする構造改革を発表した。

 その最中に訪れたのがコロナ禍。特に20年度は上期だけで約25%需要が減少し、上期は1100億円の最終赤字となったほど(通期は380億円の最終赤字)。だが、下期に入って自動車を中心に鉄鋼の需要家である製造業の生産が回復、「コロナ以前とは言わないまでも、8~9割回復した」(柿木氏)という形で、コロナに翻弄された。

 JFEの22年3月期の業績は、最終利益で1300億円を見込む。黒字となるのは3期ぶりのことで「V字回復」と言っていい数字。だが「非常にいい数字が出ているが、難しいのは、足元の需要が一時的なものなのか、継続するのかの見極め」と柿木氏は慎重。

 なぜなら、今の世界の鉄鋼業は中国を抜きには語れないが、足元で中国の内需が好調で、輸出市場に製品がほぼ出てこない状況だから。背景には米中貿易摩擦や、21年7月の中国共産党結党100周年を控えた内需振興策もあると見られる。輸出された中国製品が市場を荒らさず、東南アジアの生産量も伸びていないことから、バランスの取れた需給になっている。

 柿木氏自身は、この状況は22年の年央くらいまで続くのではないかと見ている。だが、問題は内需が続かなくなった時に中国政府がどのような対応を取るか。中国の鉄鋼メーカーが輸出をし、少しでも収益を上げようとしたら、世界の鉄鋼市況は再び下落基調を強める可能性があるという難しい状況。

 この状況下でJFEが策定したのが第7次中期経営計画。「ある程度の収益を上げながら、カーボンニュートラルにも対応することを目指している」(柿木氏)

 今回の中計で、柿木氏はこれまでとは違う方針を打ち出した。それが「量から質への転換」。もちろん、JFEを始め日本の鉄鋼メーカーの売りは技術であり品質。第6次中計の時にも高付加価値品の生産を強化することを謳ってはいたが「単独粗鋼3000万㌧の安定生産の実現」を掲げるなど「量」へのこだわりも強かった。

 国内製鉄所をフル稼働させて固定費を下げ、ミドルグレードの汎用品も生産して輸出市場でも一定の存在感を確保していくことを目指してきた。

 だが、6次中計期間中に米トランプ政権の誕生で、各国に「自国第1主義」傾向が強まり、鉄鋼も「地産地消」が進んだ。日本の内需が人口減少で伸びない中、「量」を確保しようと思えば輸出する他ないが、その市場ではミドルグレードの汎用品の価格が乱高下するなど、激しい国際市況の波にさらされた。

 さらに、中国が国内のみならず東南アジア域内にも生産拠点を持ち、さらに技術が向上してくれば、JFEが輸出しようとしているミドルグレード品の価値が失われる恐れがある。

 そこで「我々が生き残る道は差別化された高付加価値品」(柿木氏)という方針を改めて打ち出した。前述の構造改革で粗鋼生産量を落とした上で、高付加価値品の比率を50%まで高めるという目標を掲げた。

 これには「これまで我々は『粗鋼生産量何千万㌧で、世界第何位の企業になる』という考えが念頭にあったが、それが収益を生む体質なのかどうか。ビジネスモデルは変わってきているのではないか」という柿木氏の問題意識があった。

 中国が台頭する以前は、日本の鉄鋼メーカーは技術だけでなく生産量でも存在感が高く、価格決定力も持っていたが今、その力を持っているのは中国。日本は生産設備を維持するための量と質の両方を追っていたが、その転換が迫られたということ。

 高付加価値品の生産で収益力向上を図るが、そこで重視している指標は鋼材の「トン当たり利益」。JFEの20年下期ではトン当たり6000円だったが、世界の鉄鋼メーカーは1万円程度と大きな開きがある。

 そのために「コストダウンは当然行った上で、デジタルトランスフォーメーション(DX)などで生産性を高めていく」。だが、課題となるのが販売価格。

 高付加価値品と汎用品を、例えば自動車メーカーに販売する際、高付加価値分の差額が全て得られていなくても、全体としてある程度の利益を確保できていればいいというのが従来の考え方だった。今後は高付加価値分の対価をきちんと得るための交渉が必要になる。

収益力確保と脱炭素の両立に腐心


 収益力向上の努力を進める鉄鋼業界だが、ここにさらなる難題が降り掛かってきた。それが首相の菅義偉氏が宣言した2050年の「カーボンニュートラル」。産業界の中でもCO₂排出量の多い鉄鋼業界は、厳しい対応を迫られている。

 柿木氏は「短期的に考えれば、カーボンニュートラルへの取り組みは利益を産まない。しかし、会社の存続を考えるとキーになる技術。20年後、30年後に我々が生き残っていけるかは、今技術開発ができるかにかかっている」と強い危機感を見せる。

 まだ、世界でカーボンニュートラルに関する技術を確立した鉄鋼メーカーはなく、いわば横一線。「技術開発ができた企業だけが生き残ることができる。長い目で見れば収益を生むが、しばらくは雌伏の時が続く」

 JFEはまず中計最終年度の24年に13年度比で18%のCO₂を削減、最終的には2050年のカーボンニュートラルの実現を目指す。

 その実現にあたって、各社が開発を進めているのが「水素直接還元製鉄」。従来は石炭を使用していた還元プロセスに水素を使うことでCO₂を発生させないことを目指す技術。だが、水素の安定的確保とコスト、高品位の原料しか使えないといった技術開発にハードルがある。

 そんな中、JFEは「世界初」の製鉄法の開発に乗り出している。それが「カーボンリサイクル高炉」。高炉から発生するCO₂と水素を合成してメタンに変換(メタネーション)し、それを還元材として繰り返し利用する。さらに高炉に吹き込む際に空気ではなく純酸素を使用することでCO₂を削減する技術。

「水素還元製鉄は重要な技術であり、開発を進める。しかし、2050年までにどんな技術が開発されるかわからないため、水素1本に賭けるのは難しく、複線的な技術開発をする必要がある。カーボンリサイクル高炉は、当初はトランジション(移行期)の技術だという意見もあったが、現行の設備や原料を利用でき、さらにCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)が開発されればコスト競争力上、有望な技術となる」

 その意味で、カーボンリサイクル高炉が有望だといっても、それだけに思い入れ過ぎると、他の技術が台頭した時に生き残れなくなるという危機感も同時に持っており、まさに様々な技術を睨みながらの開発となる。

 カーボンリサイクル高炉は27年までに原理実証を終え、2030年代半ば頃には大型化開発を進めるという道のり。

 だが、カーボンニュートラルへの道は険しい。「24年度までの18%削減を積み上げたが、これも大変なこと。ニュートラルは相当厳しい」と柿木氏。

 そのため水素還元製鉄、カーボンリサイクル高炉、さらには他の技術も含めた合わせ技が必要になる。その1つが従来からある電炉。主原料に鉄スクラップを使うが、従来の高炉法よりもCO₂が削減できる。

「電炉の可能性は排除しない。ただ、新たな大型電炉を国内に建設する段階まで来ていない」(柿木氏)。それは日本の産業用の電力料金が諸外国に比べて高いこと、そしてスクラップの純度の面から高付加価値品を生産することが難しいという課題があるから。これらの課題がクリアできれば「トランジションの技術、さらにはファイナルの技術になる可能性はある」

 電気料金の高さは水素還元製鉄を実現するにあたっても大きな壁となるだけに、原子力発電所の稼働をどうするかといったエネルギー確保の問題を含め、日本の製造業が成り立つような環境整備を、国を挙げて考える必要がある。

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