2021-06-25

元防衛大臣・森本敏「急を要する危機管理体制の構築。政治家に求められるのは全体観」

森本敏・元防衛大臣

中国は南シナ海、東シナ海を超えて太平洋に進出しつつあるが、いずれそう遠くない時期に、台湾統一を実現しようとしていると分析する、元防衛大臣の森本敏氏。だが、日本はこれまで太平洋側から攻められることを想定してこなかった。今、ようやくその課題にも取り組み始めたが、中国に対応するために米国とどう連携するか、自らの防衛をどう考えるかが問われている(本インタビューは5月26日に実施しました)。

印のクアッド参加の意味は大きい


 ─ 前回、前インド太平洋軍司令官の「今後6年以内に中国は台湾に侵攻する」という可能性についての発言があった際、クアッド(Quad =日米豪印4カ国協力)にインドが参加したことが対中国抑止に大きな機能を果し得るというお話しがありました。日米で説得したということでしたね。

 森本 モディ首相が戦略家だということも大きいが、安倍総理との信頼関係が重要な役割を果たしたと思います。さらに、2020年6月に中印国境紛争が再燃し、これによって、インドの反中姿勢が強まりました。

 この紛争では銃撃戦はなく、石やこん棒で行われたのです。中印は1996年に係争地での銃器や爆弾の使用を禁止しているからです。しかし、石とこん棒で死傷者が出るというのは残酷な戦闘だったと思われます。

 多くの死傷者が出たインドの国民の反中感情がクアッドへのインド参加につながったと思います。

 中国はインドとの関係を立て直そうとして国境付近から兵力撤退をしましたが緊張関係は起こっています。ともかく、米国としては、核兵器国である大国インドをいかにしてクアッドに参加させるかが重要でした。

 ─ 今回、クアッドができたことで、協力の可能性が出てきたと。

 森本 更に、クワッドだけでなく、インド太平洋の安定と対中抑止のためには、イギリスやフランスなど欧州諸国の協力や、ASEAN(東南アジア諸国連合)の協力がなければなりません。これをリードする場合に重要な役割を果たすのが日本です。

 最近、欧州諸国が艦艇をインド太平洋に派遣しているのは欧州諸国が対中抑止をはじめとして、この地域の安定と平和のために役割を果たし、存在感を見せておこうとする動機があると思います。当然のこととして、それが国益に合致するという理由があるからです。

 ともかくインドをクワッドに入れるために日米は努力をしたのですが、その際、微妙だったのが、インドとオーストラリアの関係です。

 どちらも元々は英国の植民地であった国ですが、オーストラリアが独立したのが1901年、インドが独立したのが1947年ということで、オーストラリアにはお兄さん的意識があり、インドはオーストラリアを不快に思っていた。

 ─ 協力関係を維持するためには、そういった感情的側面も無視できないと。

 森本 一方で、オーストラリアは中国の南シナ海での活動やコロナウイルスの原因などについて発言したりして中国は報復としてオーストラリアからの輸入(大麦・牛肉・ワイン・鉱産資源など)を禁止・制限したので、国内に反中感情が広がった。インドとオーストラリアの反中感情が両国を結び付けたということになります。また、安倍前首相と、インドのモディ首相との関係も重要であったことは言うまでもありません。

太平洋側が手薄な日本の防衛


 ─ 安倍氏の祖父である岸信介元首相と、当時のネルー首相との交流以来の関係もありますね。

 森本 米国のインド太平洋戦略の中で重要な点があります。それはPDI(Pacific DeterrenceInitiative =太平洋抑止イニシアティブ)という米インド太平洋軍の戦略方針です。これは欧州にあるEDI(欧州抑止イニシアチブ)がロシアを対象にしているのと似た概念です。PDIはインド太平洋地域における米軍の対中抑止の能力向上を目的としたものです。

 一方、中国の対米戦略は「A2・AD戦略」(接近阻止・領域拒否= Anti Access・Area Denial)といって、米軍の対中接近を、まず、沖縄・南西諸島方面から台湾などを経て南シナ海に至る「第1列島線」の内側を中国優位にして、この海・空域に米国が入ることを拒否するというものです。いうまでもなく、第1列島線の中には台湾も、尖閣諸島もその中に含まれています。

 一方、第1列島線から、外洋側はグアム島に至る「第2列島線」の間は、いまのところ、日米が優位になります。

 しかし、中国は内陸部に多数の弾道ミサイルを配備して、外洋には空母を常時、派遣して、いずれは外洋における優位を確保しようとしています。米国がグアム島を統合防空ミサイル防衛の拠点にしている理由がそこにあります。

 ─ 近年、中国は空母を台湾海峡と沖縄の間にまで航行させてきています。

 森本 中国は空母を含む艦艇・航空機を沖縄・宮古間やバシー海峡を通過して外洋に出しており、空母を4隻にすれば、1隻は常時外洋に出ているという状態になると思います。第1列島線の外側は、日本の太平洋側になりますが、日本の防衛は第2次世界大戦以降、どこの国も太平洋側から攻めてこないという構想でできています。

 ですから陸・海・空の自衛隊で太平洋に面する部隊はありません。この度、小笠原諸島に空自のレーダーサイトを置くという計画が公表されたところです。しかし、四国、紀伊半島などには在日米軍もありません。攻めてくるのは太平洋側ではなく、北からだと思っている。

 近年、それは問題だということで、水陸離着陸が可能な最新鋭ステルス戦闘機「F35B」タイプを宮崎県に配備するとともに、海上自衛隊のDDH(ヘリコプター搭載護衛艦)を改修してF35Bを搭載できるようにして、太平洋で活動できるようにしようとしています。小笠原のレーダーも同様です。

 ─ ようやく日本も太平洋側の防衛に意識が向いてきたと。

 森本 ただ、DDHにF35Bを搭載するのは簡単なことではありません。F35Bは垂直に離着陸しますから、その際の噴射で生じる数千度という熱が甲板にかかります。この熱を遮蔽する仕様に改修する必要がありました。

 2年ほど前から取り組み始めて、1隻の改修が終わりました。DDHをそのように使う発想は本来はありませんでしたが、空母のない日本としてはF35Bを載せるには、その方法しかなかったのです。

 さらに今、外洋に進出してくる中国に、日米でどう対応していくかということを深刻に考えて、第1列島線の中を守るために、日本の第1列島線の近くにアメリカのミサイルを配備することを検討しています。陸上配備になるか、艦艇に搭載するか、わかりませんが、簡単なことではありません。

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