2021-07-09

明治安田生命社長・永島英器の「最後は人間力」論「人とデジタルの融合で営業改革を」

永島英器・明治安田生命保険社長



コロナ禍で対面が難しい中で…


 新型コロナウイルスの感染拡大は、我々の仕事、生活に大きな影響を与えたが、生命保険会社も例外ではない。特に「対面」を軸に活動する営業職員を約3万5000人抱える明治安田生命にとっては、その活動を制限される事象でもあった。「コロナによって社会のデジタル化が進んだが、当社にとっても同じ」(永島氏)。19年10月までに営業職員には業務用スマートフォン『MYフォン』を貸与し、保険商品の手続きや契約者への情報提供に活用してきた。

 さらに、営業職員が対面で契約者の相談に応じている際に、税金など専門的な内容になった場合には、スマホやタブレットを通じて本社の税金の専門家がオンラインで説明するといった取り組みも進めている。

 ただ、永島氏は「デジタルはどんどん進むが、同時に思っているのは、最後は『人間力』」と強調する。「AI(人工知能)やロボットは死ぬことはない。ゆえに不安や恐怖を感じず、お客様の不安や恐怖に共感できない。さらに〝一期一会〟の出会いに感動の涙を流すこともない。真の意味での絆は人間にしか築けないのではないか」(永島氏)

 つまり、今の時代はデジタルを使いこなせなければ土俵に上がることはできないが、それを前提としながらも最後に勝負を分けるのは「人間力」だということ。

 さらに、永島氏は社内に向けて、顧客をカテゴライズしたり、セグメント化するのではなく、契約者1人ひとりを大事に考えることの重要性を説く。「対面にしてもオンラインにしても、お客様のその時その時のニーズ、思いにしっかり応えることができる体制をつくることが大事」

 だが今は、他の生保もデジタルトランスフォーメーション(DX)を志向し、取り組んできている。明治安田が他社と差別化できる点は何なのか?

「当社には優しくて真面目な社員が多く、それが社風にもなっており、大事にしていきたい。レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる探偵のフィリップ・マーロウが『強くなければ生きていけない、優しくなれなければ生きている資格がない』と言っているが、明治安田が勝ち残って、お客様に選ばれ続けるためには優しさに加えて強さがなければならない」

 人とデジタルの融合にあたっても、元々明治安田が培ってきた社員の気質や社風といった「人」の要素が差別化ポイントになるということ。

 明治安田は生保業界の中でも「アフターフォロー」に最も注力している会社として知られてきた。ここでも人によるフォローだけでなくデジタルを活用していく。

 永島氏は就任内定の会見で、もう一つ「融合」を進めると触れたものがある。それが「個人営業と法人営業の融合」である。

 法人営業の中では国や地方自治体など公法人向け、企業向けなどに分かれているが、例えば公法人分野では各自治体との間で地域連携協定を結んでいる。その地域のお祭りや健康診断の支援を進める時に、個人営業を担う営業職員が関わることが考えられる。

 また、企業向けでは団体保険などを引き受けているが、これまでは担当部署との関係にとどまっていたが、近年は団体保険専用インターネットサービスである「みんなのMYポータル」で、より「個」に近いところまでつながるようになっている。これを活用し、例えば定年などで企業を退職した後でも、個人としてつながっていくことを考えている。

 また、個人営業と法人営業との間で人材交流はあったが、どうしても「あの人は個人畑、法人畑」といった形で、明確に領域が分かれていた。「これは変えていきたい」と永島氏。

事務を担った人材が営業の前線に


 今、明治安田は「人」に関わる改革を複数実行中。その一つがこれまで営業所や支店などで定型事務を担ってきた人材を、新たな役割である「事務サービス・コンシェルジュ」に転換すること。

 明治安田では、これまで人手を介して行ってきた定型事務をデジタル化によって削減している。例えば紙の書類を人が確認していたが、デジタルで入力したデータが、そのまま本社に飛ぶようになっており、その仕事はなくなっているということ。

 しかし「当社はメンバーシップ型雇用なので、仕事がなくなったから人がいらなくなるという話ではない」と永島氏。

 そこで、定型事務を担ってきた人材はこれまで培った事務の知識、経験を生かし、営業職員とともに顧客を訪問し、保険金支払いなどに関する書類を現場で確認したり、諸手続きのサポートを行う「事務サービス・コンシェルジュ」に転換する。

「最初は怖かったりということもあったと思うが、『お客様を訪問して「ありがとう」と言われて感動しました』という声も届いている。世の中全体でデジタル化で、なくなる仕事が増える中、『ジョブ型雇用』で対応する企業さんもあるが、当社は1人ひとりの自己変革、自己成長を大前提に、メンバーシップ型の良さを守ることにこだわる」

 21年4月から事務サービス・コンシェルジュは約2000人誕生。並行して21年4月から約2600人いた契約社員のうち、約1900人を正社員として登用、このうち約700人が事務サービス・コンシェルジュに含まれている。

「専門職など一部の職種ではジョブ型の要素を取り入れようとは思うが、基本はメンバーシップ型。それが生命保険という20年、30年というお客様との長い約束を守る会社として大事ではないか。そして我々は相互会社であり、株主ではなく、長期目線のご契約者がステークホルダー。『明治安田フィロソフィー』を体現できる人材は、外から持ってきて得られるものではない」

 それを象徴しているのが、11年の東日本大震災時の職員の行動。自身や家族も被災する中、避難所を歩き回って顧客の安否確認や請求手続きに奮闘。永島氏は、こうした人材を大事にしていきたいと強調する。

『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』といった著作が全世界で読まれているイスラエルの歴史家・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリは、かつては産業の発展の中でも新しい仕事を見つけることができた労働者も、デジタル化、AIの進展で転職が難しくなり、必要とされる技能を持たない「無用者」が増加すると指摘している。

 それに対して永島氏は「ハラリはスーパーマーケットのレジ係の職を失った人はドローン操縦士にはなれないのではないかというが、私はそう決めつける必要はないと思う。大事なのは自己変革、自己成長」と話す。あくまでも「人」の可能性に賭ける決意を示す。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事