「スマートホスピタル」実現に必要なこと
─ 産業界では巨大ITプラットフォーマーが金融を含め、あらゆる産業に手を伸ばしていますが、医療の世界はどうなると見ていますか。
河北 今、アマゾンとマイクロソフトは徹底的に医療に入ってこようとしています。なぜなら、世界の全てのGDP(国内総生産)を合計してみると、約1京円あります。この中で医療は7%以上ありますから、約700兆円というお金が動いているわけです。世界最大の産業と言っていい規模ですが、そこにプラットフォーマーが目を付けないはずがありません。
アマゾンはマーケティングから入ってきた会社ですから、医療分野の経済規模に着目しているだろうと思います。彼らは最初、書籍の流通が国によって違うことから、それを世界共通のシンプルな仕組みにしてもらおうという形で規模を拡大してきました。
先程お話したように、日本の社会保障を今のまま放置していたら、プラットフォーマーが勝手に入ってきかねません。
─ 国の基本戦略に関わる話ですね。そして、なぜ日本でGAFAが生まれないかという話に通じます。
河北 そうですね。今、実は日立製作所、ソニーとは様々な対話を進めています。ただ、その中では理解を得るのが難しいということを同時に実感しているところです。
我々には新しい病院をつくる計画があるのですが、その病院を「スマートホスピタル」にしようと考えているんです。スマートホスピタルのポイントはデータですが、院内では位置情報など、患者さんのデータを把握できるようにしたいと思っています。
患者さんには何らかの形でセンサーが入ったデバイスを身に着けてもらい、心拍数や呼吸、血圧などを、どこにいても測ることができるようにしていく。これによって、患者さんは院内で安全に過ごすことができます。
また、職員にとっては、無駄な時間を費やさない、効率的な業務ができるようになります。位置情報を含めた仕組みがうまくいけば、これを広く地域に展開していきたいと考えているんです。それがスマートシティの実現につながります。
─ まさに点が線になり、面になるということですね。
河北 そうですね。私はそのことを指して「ジンベエザメにしよう」と言っています。
─ その意味するところは何ですか?
河北 いきなり変な言葉が出てきたと思われたかもしれませんが(笑)、ジンベエザメは世界最大の魚類です。そのジンベエザメにどんなサメがくっついているかというとコバンザメですが、私から見ると日本のスタートアップは全てコバンザメです。ですから我々はジンベエザメを創らなければいけない。
─ ジンベエザメを創る上で大事なことは何だと考えていますか。
河北 最も基本になるのは「健康」だと思うんです。ですから、医療から仕掛けられないか? と考えて、日立やソニーと取り組みたいと思ったわけです。
医師国家試験を変える試み
─ そういう意味で医療経済が重要になってきますね。
河北 そうですね。ただ、私が連携したいと考えているのは、大学も含めて医療系ではないんです。例えばゲーム会社などと組んでいきたい。
実は今、厚生労働省の厚生労働科学研究費で「河北班」がスタートしたんです。これは医師の国家試験を変えようという試みになります。
今、彼らが考えているのは、試験を紙で提出してもらって集計するのではなく、PCの中で完結する仕組みを構築することですが、それでは単に紙をデジタルに置き換えたもので、採点が簡単になるだけの話です。
そうではなく、私が考えているのは、コンピュータの中に試験官が登場して、その人をバーチャルに診断することを試験にするんです。その診断の結果、受験者がどこに行き着くかを見ていく。これを国家試験にしたいのですが、ゲーム企業でなければ実現できないと思います。口頭試問をAIが行う様なイメージです。
─ 実現したら国家試験が大きく変わる話になりますね。
河北 はい。ただ、これがうまくいくかどうかは、まだわかりません。国家試験をベースに様々なものを変えていくきっかけになるといいと思っています。
─ これは大学試験など、様々なものに応用ができそうですね。
河北 もちろんです。私の問題意識としては、共通一次試験も、現在の大学入試センター試験も問題があると考えています。人生の中で1月末というのは、インフルエンザの流行も含め最も体調管理が難しい時期ですが、こうした時に一発勝負で点数を取らせようとしている。
米国では英語力や思考センスを測る試験である「TOEFL」や「GMAT」はいつでも、何回でも受けることができ、いい結果を提出することができます。日本の官僚機構の画一的な考え方を変えていけないものかと思っているんです。
大学の入学試験は、行きたいと考える生徒を選ぶ適性試験でしかありません。一方、医師国家試験は国家が国民に対して責任を負う資格試験ですから、内容は全く違います。
また、この医師国家試験を考える時に、現在の医師を前提にはしていません。20 年後に求められる医師像を考えて、それに向かって、今受けるべき試験を創りたいと考えています。 (了)