2023-09-25

hide kasuga 1896 代表取締役・春日秀之「ものづくりに日本の美意識を掛け合わせれば、高く商品を買ってもらえる」

春日秀之・hide kasuga 1896 代表取締役

「今はテクノロジーだけではいい社会はつくれません─」日本は付加価値が低いままに留まっていやしないかという問題意識。サステナブルな新しい素材開発を行い商品化を進めるhide Kasuga 1896 社長の春日氏は、「日本の文化や美意識をものづくりに取り入れ、ライフスタイルを変えていくことが大事」と訴える。


SDGs×技術×アートの商品開発

 ─ 春日さんは大学時代から30年素材を研究されていますが、開発されているのは循環性を意識した商品ばかりですね。

 春日 ええ。われわれはサステナブルな素材を開発して、財布、ランドセル、カメラ、車、などに商品化をしてきました。昔と比べて社会の反応はいまとても良いです。

 ─ この黒いお皿はその集大成ということですか。

 春日 はい。隈研吾さんにデザインをお願いしたこのお皿は、半分が木で、半分が天ぷら油などの廃食用油などからつくったバイオマスプラスチックです。三井化学グループがつくったバイオマスプラスチックで「PrasusⓇ」という素材なのですが、これに墨を入れて、堅くて、軽くて強いモノを作るなら何にしようかと考えて食器にしました。

 日本の技術の塊とアートが掛け合わさったお皿です。これが今、オークラ東京、帝国ホテル、パレスホテルなどで採用になりました。

 ─ 見栄えがかっこいいですね。素材は捨てるものだったとは思えない。

 春日 うちの商品は捨てるはずのものを素材にしたというのがポイントですが、社会に受け入れられるような魅力がないとやりません。そこには、デザイン性がとても重要です。今回も隈さんが入っていただいたおかげで、かっこいいテーブルウエアができました。オークラの社長が採用してくれたのも、ホテルのレストランで天ぷら油をたくさん廃棄していたのがきっかけです。それを使った素材のお皿だからすごくいいと共感してくれて。

 ─ ホテル業界にとってもSDGs(持続可能な開発目標)の実践になりますね。

 春日 はい。うちの商品は経営者にとってはSDGsに貢献しているものになります。でも、シェフやサービスマンにとっては、見栄えがいいことが重要です。

 ─ 黒のお皿というのは珍しいのでは。

 春日 日本には少ないですが世界ではすごく人気があります。このお皿のサイズを3つしか作らなかったのも、フランスの伝統・文化を参考にしています。3つのお皿があれば、カフェ飯やおうち飯、イタリアンから高級フレンチまで、全部網羅できます。

 わたしが留学で南仏にいた時に、マダムがお皿1つに自分の好きな量を取って使っていました。パリに行ったら女性はみんな働いているから皿がなくて、フランスパンにハムとサラダを詰めていましたが(笑)。

 ─ お皿1つで事足りるということですね。

 春日 はい。働いている女性や母親の負担を減らすことがすごく大事だと思っています。皿の数が少ないと、洗いものも少なくて済むし、電気や水も節減できる。また、おしゃれで見栄えがよければ楽しい食卓の時間となりますし、毎日のことなので影響が大きいと思います。

 日本でもそういう商品を使ったスタイリングで勝負しようと思っていて、それを支えるのが最新テクノロジーです。でも、テクノロジーが前面に出ても売れません。これだけ物が溢れている時代ですから、どうやってこの社会に受け入れられるかを考えて開発しています。

 いま大企業とコラボして商品開発をしていますが、コラボ企業と一緒にいかに価値を創造していくかというのがポイントになると思います。価値創造をし続けて、日本からグローバルに通ずる商品を出していく。これがわれわれのビジョンです。


工業大国の次は令和モダニズム

 ─ 春日さんは「SCIENCE to ART」ということをよく言っていますね。このアートというのは、生活スタイルを変えていくということですか。

 春日 はい。今はテクノロジーだけではいい社会はつくれません。日本は環境型のものをブランド化してこなかったので、わたしは素材開発をしながらブランド化をしてきました。素材をブランディングすることで、みんな使いたいと思うと、あらゆる業界が変わってきます。リサイクルできる素材だから、サーキュラーエコノミー(循環型経済)も広がっていく。

 ─ 意外にそういう発想は日本に今までなかったですね。

 春日 日本は工業大国といいますが、こういったスタイリングができていなくて伸びていません。得意な最先端技術や素材をライフスタイルの分野には活かしてこなかった。

 ─ その辺は、例えばイタリアやドイツはどうですか。

 春日 うまいです。ドイツはそれをブランド化して、BMW、アウディというような価値をつくっていますよね。デザイン性を持っている。イタリアもそうです。何か人の心をそそるような魅力があります。デザインと歴史観、ストーリーですね。

 ─ これは日本全体がいえますね。工業的には強いけど、もっとデザイン性をよくする形で付加価値を上げる必要がある。

 春日 そうなんです。それが必要だと、ヨーロッパに駐在したことで感じました。日本は工業大国にはなったけど、感性的なものがあまり伸びていません。だから、今回隈さんと一緒にやったように、エンジニアとデザイナーを分けないで、一緒になって受け入れられる良い製品をつくらないといけない。そこが大事だと思っています。

 ─ この領域は日本全体が弱いところですね。

 春日 弱いです。日本は車と電気製品で国際社会を生き抜いてきた。だからこそ、これからがチャンス。日本製品はすごく信頼性があります。ライフスタイルもそういう信頼性のある技術が必要です。

 ─ ポスト工業大国のビジョンをどう描いていくかということですね。

 春日 わたしは「令和モダニズム」だと言っています。これからはいろいろな分野の志の高い人間が集まって、循環型ライフスタイルをつくっていく。これをやったのが、ソニーという会社。技術ができたあと、途中からスタイリングをやってうまくいった。それがスティーブ・ジョブズを含めて、みんな憧れたわけです。だけど、いまそれが逆転して、日本の美意識や文化を取り入れた企業が世界でもてはやされています。

 ─ 彼も根本は日本から学んで世界中にもっていきましたよね。

 春日 そうです。だから、日本にもそういうDNAはあります。そこをもう一回、再興したいと思っています。世界の人は、日本のライフスタイルとかサブカルチャー、すごく好きですよ。でも、実際にはそういうものがないと海外の人から言われます。「ヒデ、日本のものは品質がいいのはわかるけど、車と電気製品だけだよね。何でフランスやイタリアみたいな一般消費財をつくらないの?」と。だからこれからうちに限らず、日本はそこの分野にすごく潜在力があると思います。

 ─ 魅力はあるから、それをどう掘り起こしていけるかだと。

 春日 はい。それには、やはりブランディングという発想は絶対必要です。例えばエルメスやルイ・ヴィトンも原価率が低くても、あれだけの値段で売っているわけです。消費者は文句を言わずありがたく買う。だから、日本もそれだけの世界観をつくるべきだと思います。

 表参道のうちのお店に来る海外のお客様に聞くと、日本の魅力は、文化力、美意識だと言うんですよ。日本の文化や美意識にものすごい興味と評価を持っている。だから、僕はものづくりに日本の美意識を掛け合わせれば、高く商品を買ってもらえると思います。

 今もう一度日本人が基軸となって、ライフスタイルや文化を編集していくときではないかと思っています。それを僕は令和モダニズムと言っています。

 ─ いい名前ですね、令和モダニズム。

 春日 これに挑戦して、本来得意なものづくりと掛け合わせると、いわゆる付加価値の高い商品になります。


「何のために生きるのか」の哲学を失った日本

 ─ 科学技術をアートに繋げれば、より商品の付加価値を高められるということですね。

 春日 はい。わたしは本来、技術は芸術と深い関係があると考えます。例えば、日本では有名な絵描きの芸術家として知られるダ・ビンチは、実は大変優秀な数学者でもあります。

 ─ そうですね。美術家であり、数学者であり、哲学者でもある。

 春日 ええ。日本にもそういう人はいました。それが、戦後の教育体系で文系、理系で分かれてしまった。その時代、うちの祖父は麻問屋に生まれたから、周囲は進学には前向きではなかったそうです。だけど、軽工業の時代から日本が豊かになるには、重化学工業にいかないといけないと思って、進学したそうです。

 ─ 旧制高校や旧制大学は今でいうリベラルアーツ的な教育で学生に哲学がありましたね。

 春日 そう思います。この哲学が大事なのです。フランスの大学に1年半社費留学していた当時、MBAが流行っていましたが、わたしは自然科学の哲学を専攻しました。

 フランスやドイツの大学は、哲学の授業が全体の3割を占めます。多くの国民が哲学で人は何のために生きるのかを考えるのです。日本は、馬鹿馬鹿しくてそんなことはやらないほうがいいという考えがありますね。でも、それがいわゆる目的意識を失った日本だと思います。

 ─ そうかもしれないですね。同世代にこの話をして反応はどうですか。

 春日 盛り上がりません(笑)。普段生活していて、「何で生きているか」を考える機会はあまりないですよね。最新技術を駆使して新しい商品を出したとしても、そういう哲学をやってこなかったから、何のために生きて、何でその職業についているのかはっきり言えない。

 ヨーロッパは、自分の好きな職業を選んでいる人が6割。日本は、家族のため、お金のためで、自分が好きではない職業に就いているのが6割という。自分が何になりたいかをはっきりしてそこに就いたほうが、パフォーマンスは上がり、GDP(国内総生産)が上がります。

 そういう国にするべきではないかとわたしは思うのです。

 最近エンジニアもただ単に研究が好きでやっている人が多いです。でも、その研究でどうやって社会を変えたいか、そこが重要です。哲学がないと、そういう考えに至りません。

 ─ そこが今の日本の国力低下の原因だと考えるわけですね。

 春日 はい。何のために研究して、何のために働いて、何のために経営しているのかを考えないといけません。わたしは道半ばだけれど、自分の代にどれだけこの社会や日本をよくするかということに命をかける人が今、少なくなってしまったようにも思います。

 わたしは日本もフランスと同じく、文化大国を目指せばいいのではないかと思います。日本は実は、音楽も芸術も強い。ただ、学生たちを見ていると、日本は芸術家が食べていけません。

 だから、フランスとアメリカのように食っていけるような教育にして、われわれ科学の人間と芸術の人間が交わって、古いものと新しいものを合体させるようになれば、文化大国になれると思います。

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