クマ騒動があちこちで起こっている。
【倉本 聰:富良野風話】言葉 今年は天候異変のせいか、去年が豊作で出産ブームだったせいか、うちの周囲でも例年に増してクマ出没のニュースをよく聞く。
クマは着床延滞という肉体構造を持っており、交尾後すぐに妊娠するのでなく、秋に栄養をとり、母体がベストの状態の時に着床させて子供を産むらしい。
山に入る時、鈴をつけて行けと日本ではよく言うが、アラスカでは、いたるところの看板に「鈴は鳴らすな」という警告板が掲げられているという。鈴の音で熊が近寄る危険があるからで、友人のネイチュアガイドはイエローストーンの自然公園で熊研究家のプロフェッサーから、鈴はディナーベルみたいなもので、山でつけるのは危険極まりない、と言われたそうだ。ついでにこんなジョークも言われたという。「日本のクマを研究したが、日本のクマのウンコには大量の鈴がまじっている」と。どっちが正しいかよく判らない。
クマには何度も遭遇している。カナダでも出逢ったし、家のすぐ裏の富良野自然塾のフィールドでもばったり逢った。このときはスタッフと仕事の話をしていたら、そいつのすぐ後10メートルくらいの所に藪(やぶ)の中からノッソリ現れた。オイ、オ前ノスグ後ロニクマガイルゾ、と教えてやったら、そいつは蒼白に凍結し、どうすりゃいいンです!と囁いたから、ふりむくなふりむくな、関係ない顔して話をつづけろ、と言ってやった。ひきつった顔で彼はうなずき、仕事の話を僕はつづけた。クマはチロチロ僕らを見ていたが、そのうちのんびり歩き始めた。
コッチが妙ニ関心ヲ持ッタラ、向こうもコッチニ関心ヲ持ツ。街デヤクザニ出逢ッタ時ト同(オナ)ジダ。平気ナ顔シテロ。カタクナルナ。
クマは僕らを無害だと認め、仕事中らしいと判断したのか、そのままブラブラとそこらを歩き、木に登りかけ、すぐまた降りて来て、間もなくゆっくり離れて行ってしまった。汗びっしょりのスタッフに言った。
もう大丈夫だ。ふり返って良いよ。彼はゆっくりふりむいて、ひきつったソプラノでつぶやいた。ホントダ! ! クマダ! ! クマニ逢ッチャッタ!
熊は優れた嗅覚、聴覚をもち、身の廻りで起こっていることへの情報量は、とてつもなく大きいと聞いている。もしかしたら年中そこらを歩いている僕のことを、かねてより知っていて、この人は害意のない平和的人間だ、と認めてくれていたのかもしれない。
とはいえクマはクマである。
プーチンのような、ハマスのような、そういうクマだっているかもしれない。話せば判る!という相手ではない。たまたま逢ったのが気立ての良い奴だったから、何事もなくすんだのかもしれないが、不要な安心をするのは止めよう。のんびり去って行くクマの後姿を見ながら、僕らものんびりとその場を後にした。