2023-11-26

運輸総合研究所会長・宿利正史「例えばインドと組んで次の国に進出する。日本の新幹線システムをもっと世界に広めたい」(第2回)

宿利正史・運輸総合研究所会長

「絶対的な安全性や高い信頼性を有する新幹線システムなど日本の鉄道技術をもっと売り込んでいくべき」と運輸総合研究所会長の宿利正史氏は語る。世界的に知られる日本の新幹線。既に台湾に輸出・実用化され、今はインドで建設中である。質の高い日本の交通インフラ導入に期待する国は多いが、ライバル国も存在する。宿利氏は「将来はインドなどと連携して新幹線システムを他国に輸出することも考えて良い」と話す。人と人、国と国をつなぐ宿利氏の〝交通インフラ外交〟のポイントとは?

運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」

台湾に続く新幹線輸出国

 ─ 日本の成長戦略の1つとして鉄道の輸出があります。10月に開業したインドネシアの高速鉄道には、中国が資金と技術の両面で協力しました。日本には「新幹線」がありますが、その強みとは。

 宿利 日本の新幹線の最大の強みは、世界最高水準の安全性と信頼性です。また、高速・高頻度・大量輸送を実現している点も大きな強みです。

 私は2014年に設立された国際高速鉄道協会の理事長を務めていますが、この協会の役割は、JR東海、JR東日本、JR西日本、JR九州、台湾高鉄などの新幹線に関係する企業が一緒になって、日本の新幹線システムを世界に広めて、国際標準とすることです。

 既に台湾には日本の新幹線システムが輸出されて、07年から開業し大成功していますが、次はインドです。インドではデリー、アーメダバード、ムンバイ、チェンナイ、ハイデラバード、バラナシ、ハウラなどの大都市間を8本の高速鉄道で結ぶ計画がありますが、そのうちの最初のムンバイ―アーメダバード間500キロの路線が日本の新幹線方式で現在建設中です。

 ─ アーメダバードと言えば、モディ首相の出身地ですね。

 宿利 そうですね。この区間では、最高時速320キロで運転する計画です。JR東日本が東北新幹線で最高時速320キロの営業運転を行っていますが、それに匹敵する速度です。同社が使っている「E5系」の車両を導入する予定です。

 開業すれば、現在在来線の特急で5時間以上かかっている両都市間の移動時間が約2時間に短縮されますから、インドの発展に大きく貢献します。完成時期はまだ確定していませんが、現在急ピッチでインフラ部分の建設工事が進んでいます。

 ─ 新興国が日本の新幹線技術に期待しているということですね。

 宿利 はい。多くの国が日本の新幹線を高く評価しています。一方で、新幹線システムの輸出を進める上で、ライバルとなるのが欧州や中国です。中国では、自国の高速鉄道の技術は自ら開発したと言われているようですが、もともと日本の新幹線技術が多く採用されています。1972年の日中国交正常化を経て、1979年から日本は、30年余の長きにわたって中国に対して無償で鉄道技術協力を続けてきました。

 私は、国土交通省での勤務の後半に日中鉄道技術協力に携わりました。2009年に東京で開催された日中鉄道技術協力30周年の盛大な祝賀会をよく覚えています。中国は一方で日本の新幹線技術を学びつつ、他方でドイツやフランスの欧州方式の高速鉄道の技術も取り入れて、高速鉄道技術を習得し、高速鉄道の整備を進めてきました。

 実際に中国の高速鉄道は、最初は、日本の新幹線E2系をベースとしたものと、ドイツ(ICE)やフランス(TGV)の高速鉄道をベースとしたものが混在して運行されていました。肝心なのはベースとなる技術ですから、中国がすべて自ら技術開発したという言い方は事実ではありません。


インドネシアでの教訓

 ─ 鉄道の輸出は政治的な絡みがありますが。

 宿利 その通りです。高速鉄道のような大規模なプロジェクトは特にそうです。歴史を遡れば、1978年、改革開放路線を打ち出し、来日して東海道新幹線に乗った鄧小平は、その素晴らしさに驚き、日本の新幹線技術のような高い鉄道技術の中国への導入を希望しました。

 その後、日本は川崎重工業を中心とする日本連合が、中国への技術移転を前提として新幹線車両を受注し、中国の工場で大半の車両を作ることになりました。そこで中国は日本の新幹線技術を学んだということです。

 韓国は、日本の新幹線技術を導入せず、フランス方式の高速鉄道(TGV)を導入しました。日本の新幹線技術自体の優位性は明らかであるものの、政治的な事情や日本側の官民一体の取り組みの不備もあり、フランス方式の導入に決まったという経緯があります。

 ─ 日本の新幹線技術は、台湾に輸出され、実用化されましたが、インドネシアで負けてしまいましたね。

 宿利 そうですね。最終段階で中国に逆転されてしまいました。今年の10月2日に開業したジャカルタとバンドン近郊の間の約140キロの路線がそうです。高速鉄道の営業距離としてはとても短いものです。

 インドネシアの高速鉄道を巡っては、安全性、信頼性など質の高さを前面に押し出した日本と、早期完工とインドネシア政府に財政支出や政府保証を求めない事業方式を打ち出した中国による一騎打ちとなりました。

 もともと、日本のJICA(国際協力機構)により調査(フィージビリティ・スタディ)が行われ、報告書もまとまり、インドネシア側も日本の新幹線方式で整備することを考えていたと思います。

 しかし、2014年10月に大統領が現在のジョコ氏に代わって、突如、中国方式に乗り換えたのです。その際のインドネシア側の言い分は、日本の方が条件が悪いからというものでした。

 政権が代わると、前政権の方針が変更されることは、他国においてもままあることです。インフラ輸出を通じてインドネシアに対する影響力を拡大しようとしていた中国の戦略に、結果的に屈した形になりました。

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