4月の3つの衆院補欠選挙で自民党が全敗し、首相・岸田文雄の政権運営が窮地に陥っているかのようにみえる。しかし岸田本人はいたって意気軒高だ。ピンチになればなるほど動き出す岸田の首相在任は2年半を超え、戦後歴代8位となった。6月からは1人当たり計4万円の所得税・住民税の定額減税が始まり、9月の総裁選再選を目指す岸田は追い風としたいところだが、衆院解散・総選挙の時期も含め先行きは見通せていない。
【政界】補選全敗にも「粘り腰」の岸田首相 国のリーダーとして指導力を示す時首相自ら奔走 ピンチになるとスイッチが入る岸田の衝動的な行動は補選全敗後にも表れた。自民党派閥パーティーの収入不記載による裏金問題に端を発した政治資金規正法改正案について、陣頭指揮を執り始めたのだ。岸田は地球の裏側のブラジルから5月6日に帰国した直後、首相公邸に実務者を呼び、改正案の早期実現と、不透明と指摘される政策活動費や旧文通費の使途公開に向けた調整を進めるよう指示した。
パーティー券販売や企業・団体献金の禁止までは至らないが、公開の基準は引き下げる方向にかじを切った。従来、自民党がかたくなに拒んでいたとみられていただけに、一歩前進ではあった。
注目すべきは、岸田が表に見える形で直接、実務者に指示を出したことだ。公邸に呼んだのは党政治刷新本部の作業部会座長・鈴木馨祐(けいすけ)、同事務局長・大野敬太郎の2人で、面会は約1時間に及んだ。党幹部には寝耳に水だったようで、四役の一人は「何も聞いていなかった」と不快感をあらわにした。
「党幹部飛ばし」の背景にあるのは岸田の不信感だ。特に幹事長の茂木敏充との疎遠な関係は修復不可能とさえ言われる。
自民党総裁は首相でもあり、党の実務は幹事長が差配する。改正案も本来は幹事長が先頭に立って進める案件だが、昨年11月に裏金問題が大きく報道されてから半年以上経過しても改正案は成立していない。この間、政権への支持は着実に低下していった。
次期総裁選出馬への意欲を隠さなくなった茂木は一方で、党中堅・若手議員との会合にいそしんでいる。麻生派以外の派閥が解消された状況を踏まえ、幹事長として「選挙は大丈夫か?」といった相談に乗ることを口実としている。
だが、実態は、派閥中心の総裁選という従来の構図が崩れる中で幅広く党内の支持を広げる活動だとの見方は党内の衆目の一致するところだ。茂木と夜の会食をともにした安倍派の若手議員は「茂木さんは意欲満々だ。派閥解消をチャンスととらえているのだろう」との感想を漏らす。
組織の結束が見られず、党のガバナンスが崩壊しているような状況だが、その点も含め最終的な責任は党総裁である岸田にある。部下の露骨なサボタージュに業を煮やした岸田が仕方なく動く構図だ。
幹部のサボタージュ 鈴木らに指示を出した翌日の5月7日、岸田は朝一番で公邸に腹心の党幹事長代理・木原誠二を呼んで40分間面会すると、国会に移動。当選同期の党国対委員長・浜田靖一のもとを突然訪問した。約束のない首相の来訪について、浜田は周囲に「驚いた」と明かす。
午後には党本部に向かい、総務会長の森山裕、党事務総長の元宿仁と個別に面会した。さらに茂木、元宿と短時間会って官邸に戻った後、再び党本部に赴いて茂木と副総裁の麻生太郎と会談し、その後に政調会長の渡海紀三朗とも面会した。この日は公明党との間で改正案の内容について大筋で合意した日で、首相自らが国会審議の調整なども含めて丁寧に根回しした格好だ。
これらは本来、幹事長はじめ党幹部が行う仕事だ。岸田は裏金問題に関係した議員の処分を巡る調整が混迷していた4月2日にも国会内で麻生、茂木の部屋と、その他の幹部がいる別の部屋を往来した。首相が党内調整のため国会の廊下を行ったり来たりする「パシリ」のような姿は異様だった。
自ら汗をかく岸田だが、世論の受け止めは芳しくない。共同通信が13日に公表した世論調査の内閣支持率は24.2%で、前月比0.4ポイントの微増にとどまり、不支持率は62.6%で同0.5ポイント増となった。NHKが同日公表した世論調査結果でも内閣支持率24%(前月比1ポイント増)、不支持率55%(3ポイント減)だった。
大型連休中の5月4~5日にTBS系のJNNが実施した世論調査では、補選全敗直後にもかかわらず、内閣支持率が7.0ポイントも増えて29.8%になった。自民党内でさえ「そんなはずがない」と懐疑の声が広がった。同じ調査で自公政権の交代を望むとの回答が42%となり、自公政権の継続を求めた32%を上回ったことの方が党内の実感として近い。