2024-06-25

大和証券グループ本社・荻野明彦の「投資家、株主から最も信頼される会社に」

荻野明彦・大和証券グループ本社社長CEO

「お客様から好きだと言ってもらえる会社にしたい」─。今年4月、大和証券グループ本社社長CEO(最高経営責任者)に就任した荻野明彦氏が最初に発した言葉。「大和が好きということは、それはイコール大和の社員が好きだということ」で、投資家や株主から最も信頼される人の集団にしていこうという荻野氏の呼びかけ。『貯蓄から投資へ』の掛け声は近年、とみに高まってきており、個人金融資産2141兆円(2023年末)のうち、株式等への投資は276兆円(前年同期比29.2%増)、投資信託は106兆円(同22.4%増)と株価上昇を受けて大幅に増加。しかし、現金は1127兆円(同1.0%増)と依然、個人金融資産のうちの過半(52.1%強)を占める。資産運用への関心は、人口減、少子化・高齢化の波の中で、若い世代の間で特に強まる。ChatGPTなど生成AI(人工知能)の最先端技術を導入しながら、若い世代を呼び込む方針だが、「情報が氾濫する中で、何が本当かを求めるニーズに応えていく」と荻野氏。『人』の育成と『信頼』をどう構築していくか─。



歴代3人の社長にスタッフとして仕えて


「大和証券を、最も信頼される会社という風に、投資家や株主の皆様からも思われる会社にしていきたい」─。

 大和証券グループ本社社長CEO(最高経営責任者)に今年4月就任した荻野明彦氏(1966=昭和41年1月生まれ)は、社長就任の際、社員向けの放送で、『信頼』をキーワードに次のように述べた。

「やはりお客様から、大和が好きだと言ってもらえる会社にしたい。大和が好きだということは、それはイコール大和の社員が好きだと。大和で働いている皆さんを信頼しているということだから、そう思われる会社になるように共に頑張りましょう」

 荻野氏は現在58歳。今年4月、前任の中田誠司氏(1960年7月生まれ、現会長)からバトンタッチを受けて、代表執行役社長CEOに就任。

 荻野氏は、大和証券グループ本社経営企画部長を務めるなど、3代の社長(鈴木茂晴氏、日比野隆司氏、中田誠司氏)に仕えてきた。

「ええ、部店長会議で最後の所で90分ぐらい話しましたが、わたし自身、歴代3人の社長のスタッフとしてやってきたので、歴代経営者の名前を出して話をしました。御三方とも、それぞれの良さがあったと思います。それぞれのお人柄ですが、皆さん、根っこで繋がっている。個人で違いはあるし、いろいろ特徴はありますけど、その根っこの所をちゃんと引き継いでいきたいという風に思っています」

 では、歴代の社長3人に共通する根っことは何か?

「やっぱり、歴代社長の大和をいい会社にしたいという思いですよね。で、社員を大切にしたいという部分は非常に大事だと。社員を大切にできないのなら、お客様を大切にしようなんて、言えないじゃないですか」

 荻野氏は、歴代の3人の社長の下でスタッフとして働いてきた経験を踏まえて、「社員を大切にする」ことは、「お客様を大切にする」ことに繋がっていると強調。


金融・証券の再編を経て今はデジタル化の中を…

 荻野氏が仕えた歴代3社長はバブル崩壊後の銀行・証券再編の中をどう生き抜くかという経営課題を背負ってきた。荻野氏もまた、その歴代3社長の苦闘・奮闘を間近で見てきた。

 経営のグローバル化が進む中で、銀行と証券の〝一体化〟を図る動きも登場した。かつて、大和証券は三井住友フィナンシャルグループと提携し、『大和証券SMBC』を設立。鈴木茂晴氏は、大和証券グループ本社社長に就任する前の専務時代に、大和証券SMBCの専務を兼任するという時期があった(2002年)。

 経営には紆余曲折が伴う。大和証券グループ本社と三井住友FGはその後、提携を解消。三井住友FGは旧日興コーディアル証券を買収して、現在のSMBC日興証券を設立し、今日に至っている。

 経済のグローバル化、デジタル化(DX)の中で、産業再編が進んできたということだ。

「大和証券を投資家や株主から、最も信頼される会社にしたい」と荻野氏が発言する背景には、こうした歴史的経緯がある。

 前出の鈴木氏はその後、日本証券業協会会長に就任(2017)するなど、証券界全体の発展に尽力した。

 また、鈴木氏の先輩に当たる清田瞭氏(1945年生まれ)は、同社会長の後、日本取引所グループ取締役兼東京証券取引所社長を経て、2015年日本取引所グループ社長兼CEOに就任。同社は、証券取引全体のあり方を模索する仕事に関わる人材を輩出してきた。

 清田氏は日本取引所グループのトップに在任中(2015―2023)、一連の市場改革を進め、4つあった市場区分を、グローバル市場で戦える企業の『プライム』、中核企業中心の『スタンダード』、新興企業の『グロース』の3市場に再編。

 今、日本の平均株価は3万8000円台。一時期は4万円を突破したが、リーマン・ショック後の日本は平均株価7000円台にまで低落し、もがき苦しむ時期が長い間続いた。

〝失われた30年〟はつい最近まで続き、安倍晋三内閣(2012年から2021年まで)の経済政策・アベノミクスなどで、日本経済はようやく上向き始めてきたところ。

 就職活動中に東京証券取引所を見て、証券界に飛び込んだという荻野氏もまた、若い頃から証券界の紆余曲折を目の当たりにしてきたということ。

 今は、人口減、少子化・高齢化という流れの中で、国民の資産をいかに増やしていくかという課題を証券界は背負っている。そして、DXの進行、ネット証券の台頭など、新しい流れの中で、荻野氏はどう対応しようとしているのか─。


国民の資産向上にどう活動していくか

 荻野氏は2024年度から26年度の『中期経営計画』をまとめ、「これまで社内で培ってきたノウハウとか、そういったものをお客様や社外の関係者も感じられるようにしていきたい」と抱負を語る。

 この『中期経営計画』では、あおぞら銀行やかんぽ生命との提携の他、資産運用事業やウェルスマネジメント(富裕層ビジネス)を伸ばしていく予定。

 そして、経常利益を2027年3月期に24年3月期比37%増の2400億円以上にするとしている。

 国民の金融資産をいかに増やしていくか─。日本全体の個人金融資産は2141兆円(2023年末現在)にのぼるが、このうち1127兆円は現金・預金。過半が、ゼロ金利の下で活かされていない。

〝失われた30年〟の教訓とは何か? 企業は生き抜くために、内需低迷の日本にとどまっていては駄目だと、海外市場の開拓に努めてきた。個人は生活防衛のためにと、できるだけ消費を控え、貯蓄に励んできた。

 そのこと自体は責められることではないが、企業もどちらかというと、投資よりも内部留保に動くなど、あまりにも〝縮み志向〟でやってきたことへの反省があるだろう。

 そして今、ようやく潮目が変わってきた。証券界で言えば、若い世代が将来の生活設計のために、自らの手で資産形成に動き始めた。また、65歳以上の高齢層も資産向上に関心を寄せる。

 特に、若い世代は新NISA(少額投資非課税制度)やⅰDeco(イデコ、個人型確定拠出年金)といった金融商品に関心が向かう。内閣も、『新しい資本主義』の一環として、こうした資産形成型金融商品の登場を歓迎。

「そうですね、昨年、資産運用立国実現プランが出されて、今年から新しいNISA制度になったんですけれども、資金の流入が前年度受付比で3倍以上に増えているということで、貯蓄から投資への胎動が本当に始まったと」

 荻野氏は〝胎動〟という言葉を使い、資産運用のニーズが高まっているという認識を述べながら、次のように続ける。

「ただ、まだ岩盤のように、根雪のように積もった預金というのがあります。そういったようなところは、当然いろいろな要因があって根雪になっている部分があると思うんですけど、本当は投資に向かってもいいような資金が預金にとどまったままという部分もあると。ですから、そこをちゃんと啓蒙活動をして、教育活動も含めてサポートしていきたいと思っています」

『中期経営計画』の骨子は、資産運用の向上にあると荻野氏は強調する。


あおぞら銀行やかんぽ生命との提携も進めながら…

『貯蓄から投資へ』は長い間、日本全体の課題として取り上げられてきたテーマ。国民全体がいわゆる〝縮み志向〟で来てしまったのはなぜか、というテーマにも繋がる問題である。

 そして、これは日本全体の生産性をいかに上げていくかという問題とも重なる。

 生産性は、株式市場でいえば、株価形成がその企業の収益からら見て適正かどうかを見る数値のPER(株価収益率)や、投資家が投資した資本に対し、企業がどれだけの利益をあげているかを見る指標のROE(自己資本利益率)などで判断する。

 日本の産業界はこうした課題を抱えながら、多くのステークホルダー(利害関係者)との対話を重ね、ガバナンス(統治)改革を重ねてきた。

 本誌前号では、日本の生産性向上をテーマに、日本生産性本部会長・茂木友三郎氏(キッコーマン取締役会議長・名誉会長)の『政治改革、経済再生は国民の意識改革と共に』を取り上げた。

 茂木氏は、「日本の生産性は、製造業で米国の7割、サービス業では半分。特に卸売、小売、宿泊、飲食業は米国の4割の水準」と生産性向上の啓発・啓蒙運動を進めてきている。

 そして、事業の付加価値を高め、需要創造を図るためにも、「日本は価格競争(値下げ)が激しくて、せっかく自分がつくった付加価値を毀損させている」とも指摘し、企業活動のあり方を見直す必要があると訴える。

 こうした企業改革の流れの中、国民の資産向上を担う証券会社として、これからどう活動していくのか─。

 大和証券グループ本社はあおぞら銀行との提携、さらには総資産60兆円超を持つかんぽ生命との提携を打ち出してきたが、これらの提携の狙いは何か?

「あおぞら銀行様のお客様に対して、ウェルスマネジメントの領域で支援が出来るかなと考えています。大和証券単独ではリーチ出来ない所を取り込んでいく。あおぞら銀行様のお客様に対して、大和証券のファンドラップを販売していくことも想定しています」と荻野氏は語る。

 ファンドラップとは、顧客の資産運用の考え方や希望を基本に、複数のファンドを組み合わせた資産運用を提案する仕組み。

「それ以外でも、不動産関係の分野、それからM&A(合併・買収)の分野、そしてスタートアップ企業の支援という、全部で4つあります。それぞれ分科会を立ち上げてキックオフしています」

 現在、大和証券自体の預かり資産は91兆円にのぼる。これを、今回の『中期経営計画』では、120兆円と3割以上の拡大を目指す。

 自らの成長を図るという意味では、海外市場の開拓も重要となってくる。これについてはどう進めるのか。

「海外は、昨年でいえば、1745億円の経常利益のうち、海外事業の利益が約200億円です。全体利益の1割強という水準です。それほど多くないのですが、海外事業自体は8年連続で黒字になっています」

 荻野氏は、証券ビジネスは基本的にグローバルに繋がっているので、「チャンスを見ながら、投資を進めていきたい」と積極姿勢を示す。

 その場合、投資先は成長が期待できるアジア、そして何よりマーケットが大きい米国が主要ターゲットになるとする。

 同時に、荻野氏は「M&Aの領域などでは欧州が活発に動いているので」と、欧州も含めて、「グローバル市場は満遍なく考える余地がありますね」という認識を示す。


生成AIも活用するが最後の決め手は『人』

 人口減、少子化・高齢化が進む中で、これからの日本経済には試練が待ち構えている。

 そうした状況で、どう資産活用を図っていくか─。特に、これからの日本を背負い、日本で生きていく若い世代はインターネットの活用、もっと言えばスマートフォンを使っての資産運用ということになる。

「ええ、若い層に関しては、スマホの専用証券で、大和コネクト証券という会社があります。ここは使い勝手の良さを測る、

いわゆるUXのランキング、外部指標で2年連続1位になっています」と荻野氏。

 この大和コネクト証券は、荻野氏自身が立ち上げた会社でもあり、思い入れも深い。

 スマホ活用による使い勝手の良さという点だけではなく、ポイント運用が出来るとか、クレジットカードで決済出来るなど、利便性を高めている。

「はい、いろいろなお客様が大和コネクト証券に来られる仕組みづくりをしているところです」と、今後は様々な企業との連携、提携が広がる。

 企業との提携と共に、今後、生成AI(人工知能)の活用など、最先端技術の導入が進む。生成AIと人の関係について、荻野氏はどう考えるのか?

「私は、対面のニーズというのはなくならないと思っています。やはり、バーチャル(仮想現実)が増えれば増えるほど、リアル(現実)を人間は求めるのだと思います」

 株や債券など有価証券の取引がネットでも簡単に出来る時代になってきたのは事実。

 だが、資産運用設計となると、「信頼できるコンサルタントと話をして決めたいという部分は残ると思います」という荻野氏の認識。

 特に、情報が氾濫している今日、その情報の真贋を見極めたいというニーズは年代、性別を問わずに高まる。「信頼をベースに仕事を進めたい」とする荻野氏だ。


稼ぐ力をいかに高めるか

 日本企業の稼ぐ力をいかに高めるか─。一連の日本取引所グループ・東京証券取引所の市場改革も、結局はここに力点が置かれた。市場における証券会社の役割や使命も同じである。

 バブル崩壊後、日本経済は低迷を続けてきた。アベノミクスで大金融緩和をやり、日本銀行がETF(上場投資信託)を約70兆円買い入れるなどして、株価を支えてきたという経緯もある。

 しかし、潮目は変わりつつある。日銀は今年3月、マイナス金利の解除、YCC(長短金利操作)の撤廃を決めた。言わば、金利のない状態から、金利の付く状態に変えていくということ。これにより住宅ローン金利も上昇するなど、日銀の金融政策変更が、企業活動や国民生活に少しずつ影響を与え始めた。

 これからは、企業は真に稼ぐ力が問われるし、個人も金利のある時代への生活設計力・資産形成力が求められる。

 グローバル世界を見れば、ウクライナ戦争やイスラエルとイスラム軍事組織・ハマスとの戦いなど不穏な状況が続く。

 ひと頃、先行き不透明、不安定な時代を称して、『VUCAの時代』(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)と言われた。今も、その状況は続く。

 世界のあちこちで対立・紛争が繰り広げられ、グローバル世界はまさに不安定な状況。

 こうした中で、どう日本再生を図り、日本企業の活力を生み出していくかという課題である。


「日本にも、ユニコーンになる新興企業は幾つも」

 産業界に活力を吹き込むには、ニュービジネスの登場もまた不可欠。30年前、日本のGDP(国内総生産)は米国に次ぐ世界第2位。それが今や、中国、ドイツに抜かれて4位に転落。近いうちに、成長著しいインドに抜かれるという観測もある。

 米国と日本の活力の差は、GAFAM(グーグル、アップル、マイクロソフトなど)に代表されるような、新しいビジネスを生み出す産業風土の米国と、新興ビジネスが比較的育ちにくい日本という点にあると言われる。

 このニュービジネスをどう育てていくか?

「スタートアップ企業の支援には当社としても力を入れていきます」と荻野氏は語る。

「ベンチャーキャピタルは、大和企業投資という会社がありますし、かなりたくさんのファンドに出資しています。大和イノベーションネットワークというスタートアップ企業とベンチャーキャピタルなどを集めたイベントを先日も開催しているのですが、ここには約500社が集まってくれました」

 荻野氏はこう語り、今後もスタートアップ関連の〝交流の場〟を設営し、日本の起業家を支援する態勢づくりを進めていきたいと強調。

 ニュービジネス業界のまとめ役である日本ニュービジネス協議会連合会会長の池田弘氏(NSGグループ代表)は、「まだまだ日本はやれると思います。何も手を打たなかった結果がこれだけの落ち込みを生んできたわけですから、逆に言えば、手を打っていけばチャンスはあると思います」と語る。

 また、女性起業家で、東京ニュービジネス協議会前会長の下村朱美さん(ミス・パリ・グループ代表)は、「いま、女性の間でも、きちんと大学教育を受けた知識人が起業するようになりました」と語り、若い世代の動向について、「最近は、大企業で働いたほうがいいと思うような人たちは減ってきたように思います。女性のほうがチャレンジ精神が旺盛かもしれません」と女性起業家が増えていると強調。

 これらの声を受けて、荻野氏は、「スタートアップの人たちは必死にやっていますし、それこそ死に物狂いで仕事をしています。だからスピード感もあるし、アイデアも豊富。われわれもどんどん応援していきたいし、その仕組みをつくっていく」と語る。

 日本経済の再生を図るには、既存企業の前向きな投資、そしてニュービジネスの誕生が不可欠。そうやって、産業全体の収益力、投資力を高め、それがさらなる収益を生み、社員の賃金引上げ、株主への配当増、地域社会への還元につながる。

「はい、日本はこれまで低迷していたので、あまりお金が回ってこなかったと。やはり、リスクマネーをちゃんと成長分野や新しい企業に回るような仕組みを活用して、わたしたちも積極的にサポートしていきたいと思っています」

 あるべき資本主義の姿を目指して、『人』の潜在力を掘り起こし、それを『信頼』につなげていきたいという荻野氏。証券会社としての真価が問われる時だ。

本誌主幹 村田博文

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