2024-07-09

橋本舜・ベースフード社長「目指すのはAppleやテスラのような食品テック企業です」

橋本舜・ベースフード社長

「現代の主食を正しい主食に戻したい─」こう語るのはベースフード社長の橋本舜氏。一人暮らしや共働き世帯が多い中、一汁三菜の栄養素を主食の中に詰め込むことができたらと、完全栄養食のパスタやパンを開発。テクノロジーの力を使い、「今までのパン業界でできなかったようなサイエンスを使って、今までのパンとは違うパンを美味しくしていく」と橋本氏は力を込める。元IT企業出身の橋本氏の戦略とは─。


栄養バランスの良い食品で社会課題を解決したい

 ─ 橋本さんの若くして起業された経緯からまず聞かせてくれませんか。

 橋本 新卒から入社したDeNAで新規事業を担当する中で自分がやるならどういう事業がいいかを考えた時に、社会課題に貢献するもので、しかもなるべく大きい社会課題が良いと思っていたんです。

 現代社会での最大の社会課題は、少子高齢化による社会保険料負担の増大だと思っていて、日本は病気になってからの治療はかなり進んでいますが、予防の分野はまだのびしろがあると、目を付けました。現代の栄養基準は、「主食主菜副菜プラスもう一品」と国が基準を出していますが、これは基本的に専業主婦の方が作るという大前提のもので、社会の実態とは合っていません。現代は共働きや一人暮らしがすごく増えています。

 ─ そうですね。加えて現代人は皆忙しいですよね。

 橋本 はい。そうすると、どうしても食事は主食主菜のみに偏ってきてしまいます。もし栄養バランスを管理することがもっと簡単になったら、予防が簡単になって、健康寿命が伸び、社会保障負担も減るんじゃないか。一番やりたいことに対して一番ダイレクトに効くんじゃないかと思ったのが始まりです。

 主食に主菜と副菜ともう一品の原材料とか栄養素を含めることができて、且つそれが今まで通りの便利さとか、美味しさを維持できればいいなと。車の自動運転が可能な時代にそれができないことはない、フードテクノロジーを使えば、それができるだろうということで起業しました。

 ─ 起業したのは28歳でしたね。DeNAでは当時の社長・南場智子さんに学んだことはどういう点ですか。

 橋本 ひとつは、人としての魅力です。南場さんと一緒にいたら、なんかこう周りが元気になる。思ったことを結構ストレートに言われるのですが、それがとても爽やかで受け手も元気がでるので、そこがすごいなと思っています。あとは矢面に立って努力されているところですね。

 ─ 南場さんは経団連の副会長もやっておられますよね。

 橋本 ええ。それもあってわたしも経団連に入りました。南場さんが経団連の中でもスタートアップ委員会の委員長をやられているので、元部下としても南場さんのサポートが何かできたらいいなと思っています。

 スタートアップ5カ年計画というのがあって、日本政府が力を入れて応援してくれるようになっていて、われわれもすごく恩恵を享受しています。ですから、わたしもそこに何か貢献したいなと思っています。

 ─ 橋本さんは起業の動機で社会性を意識されていますね。

 橋本 はい。やはり目指すところが社会課題の解決なので、国や大企業、インフラ系の会社とも関わりが増えてきますし、経団連では人脈も広がります。広く社会を見て経営をされている方から学べることも多くあり、大変勉強になっています。

 ─ 2016年に起業されてから8年経ちましたが、業績的にはどうでしたか。

 橋本 有難いことに、その年に起業した中では、いい業績にはなったかなと思っています。

 経営していて苦しいこともあるのですが、やりたくてやっていますし、長期スパンで見れば指数関数的に順調に伸びてこられていると思っています。

 それは最初に掲げた目標が、社会においてずれていなかったということと、社員がそこを信じて諦めずに試行錯誤してきたからかなと思います。

 ─ いま社員数、売上規模はどのくらいですか。

 橋本 正社員が108人で、来期2月の決算見込みは190億円です。会社としての安定性というのは一定確保しつつ、基本的には研究開発費などに投資してというまだまだ成長フェーズにあると思っています。

 ─ ここまで順調にこれているということですね。

 橋本 はい。でも創業当時はビジネスとしてはもう少し苦労すると思っていました。在庫を持たないIT企業ではないので、やはり一般的なIT企業のような成長は難しいだろうと。2016年頃は、IT企業以外のスタートアップというのはほとんどなかったので、その中で高い成長率を実現できるかどうかは不透明でした。

 ─ ターゲットは主に若い世代ですか。

 橋本 最終的には年齢性別問わず全世代です。現代の主食を正しい主食に戻すということがコンセプトです。日本では、栄養のある雑穀、稗、粟、豆などを食べていました。産業革命以前の食生活に戻したいというのが根本にありまして、そこに産業革命以降の便利さや美味しさを取り入れる。現代的なところも残しながら、伝統回帰していくという。

 起業当時は20代、IT企業で一人暮らし、新しいものが好きで、時短ができ、健康も気にし始めてて、美味しいものも好きな人たちがメインの顧客層でしたが、最近は女性であったり、年齢もボリュームゾーンは40代~50代の方も多くなってきました。クッキーはお子様のおやつにと、だんだん広がりが出てきています。

 ─ 高齢世代はどうですか。

 橋本 多いですが、もっと食べてほしいと思っています。例えばわたしの祖母は90代ですが、だんだん年齢が進むとキッチンのある2階に行かなくなるんです。料理が大変なので1階に置いてある菓子パンとかを食べるわけです。転んで入院して足が悪くなって、運動量が減ってしまうということもあります。バランスの良い食事で栄養をきちんと取って、骨を強くしたり、筋肉を増やしたりしてほしいので、祖母には毎月商品を送っています。

 ─ 具体的にはどういった売り方をしているんですか。

 橋本 自社ウェブサイトでの定期購買の販売が一番売り上げとして大きいです。健康は継続が重要なので、継続するためには定期購買というかたちをとっています。次に多いのがコンビニです。大手コンビニ3社に置いていますので、基本的には全国ほぼ全てのコンビニで買っていただけます。

 ─ コンビニ大手3社で置いてあるのは珍しいですね。これはなぜ実現できたのですか。

 橋本 本当にありがたいことです。3社導入に至ったのは、ひとつは当社の商品をインターネットで買っている顧客はコンビニで買う顧客層と近しいという点があります。精神的に若く、都市的で利便性を取る方だと思うんです。定期購買は非常に売れているのですが、コンビニにも置いてほしいというお客さんからの声もあるのです。

 もうひとつはうちのチームが、3社に対して、当社のバリューや、こういった商品が置かれることで、健康な人が増えると、商品特性と理念を理解してもらえたといいますか。商品を取り扱っていただいている方々は、当社の商品を売ることの社会的意義みたいなことを感じていただいているので、そこはすごく有難いですし、われわれとしてもそこに応えていかないといけないと思っています。

 ─ コンビニ以外の販路は他になにがありますか。

 橋本 ドラッグストアやスーパー、あとスポーツジムなどにも拡大しています。

 ─ スポーツジムはまさに健康面で関連性が高いですね。

 橋本 はい。健康になるために来ている方々で、特に当社の商品はタンパク質が多いので、顧客との親和性が高いですね。基本的には一汁三菜の食事と同じ食材を使った、栄養バランスがいいパンや麺やクッキーを作っていますので、体づくりで食事管理として多くの人に食べていただいています。


食品企業のAppleやテスラを目指す

 ─ 商品はパンやパスタ、クッキーがありますが、これからどんどん増やしていく予定ですか。

 橋本 そうですね。でも大事なことは増やすことではないんです。わたしたちはAppleやテスラのようなテック企業を目指しているので、商品ラインナップを絞って、どんどん磨いていくという考え方です。iPhone5、6…と良くしていくイメージです。

 パン業界は期間限定商品などを出してどんどん商品を変えていく業界なのですが、当社は逆の方向性です。ガラケーからスマートフォンに変わった時、例えば重たい、電池の持ちが悪いなど、いろいろ課題があったんです。iPhoneはバリエーションを広げるのではなく、そこを改善し続けたんです。

 そうした結果、いつの間にかみんなスマートフォンに乗り換えていった訳です。われわれも同じです。炭水化物中心のパンと、栄養バランスのいいパンを比べたときに、栄養があっても少し固いとかそういった課題があるわけで、それを改善していって、いつの間にかみんな栄養バランスがいいパンを食べているという風になっていく。それが当社の基本的なやり方ですね。

 ─ 徹底的に質の追求だと。

 橋本 はい。ですから弊社は商品開発チームや新技術を研究するチームに、結構な人数を割いています。

 例えば、パンの発酵はある種職人芸でやっていたところを、タンパク質の多いパンが固くならないためのタンパク質化学や、その微生物をしっかり理解する。微生物工学出身の人がそのパンの発酵をサイエンスベースで理解して、制御していくとか。そうした今までのパン業界でできなかったようなサイエンスを使って、今までのパンとは違うパンを美味しくしていくということをやっています。

 投資家の方々はそういったフードテックというテクノロジーを使っている点にすごく可能性を感じてくれています。

 ─ 食品関係でこういう会社は初めてですよね。

 橋本 そうですね。ベンチマークしているのは、同じスタートアップでコロナワクチンのモデルナ。テスラやスペースXなどの会社もやはり研究者やエンジニアの割合がかなり高いんです。

 ですが、日本の食品会社だとそれが数%になってくるので、そことは一線を画したいと思っています。大手食品会社さんと協力することも多いのですが、われわれはそういう尖った研究をするところが強みです。

 ─ 若い企業のモデルケースになっていくといいですね。

 橋本 そうなんです。製造委託をお願いする大手企業がスタートアップ企業と触れることで、その会社にわれわれがやっている新しい技術が入っていったりもしますし、日本企業全体の新陳代謝も上がる。

 例えばアメリカの宇宙産業や自動車産業の中心にはテスラとスペースXがあります。そういったところはある種クレイジーな部分もありますが進んでいる部分もあるので、混ざることで業界自体が前に進んでいく。

 やはり人間は若い人も年配の人も、どっちも必要で、そういう風に社会ができています。年配の人は経験や知恵がある、一方若い人たちは向こう見ずみたいなところがある。この両方が一緒にやることでバランスが取れていきますから。

 ─ 業界全体の活性化にもつながると。

 橋本 ええ。これまで日本の食品業界はスタートアップがいなかった。一方でアメリカやヨーロッパは、スタートアップがかなり多く、大手企業が一緒にやることで大手も成長した。ネスレとかユニリーバがいい例です。ですから、われわれのような会社がちゃんと大きくなっていくのは、食品業界にも波及効果があると思っています。

 ─ 商品の価格的には一般より少し高めの設定ですか。

 橋本 はい。すごく高い訳ではないのですが、一般的なパンが100円前半だったら、われわれのパンは100円後半から200円近くの価格帯です。一方で、例えばコンビニで昼ご飯を買うときにパンを買って、ミルクを買って、サラダ、総菜のお肉を買ってとなると、栄養が含まれているベースフード一個の方がはるかに安いという見方もあります。健康になるため、栄養バランスを得るためという点を考えると、多分最安値だと思っています。

 付加価値が高いものを売り賃上げをするという良い循環を起こす。パン業界は特にその方向に行かなければいけないという危機感をわたしは非常に強く感じています。

 例えば私たちが一緒に作らせてもらっている工場近くに半導体の工場やアマゾンの倉庫ができますということになった場合、雇用環境が同じで、時給が2倍3倍の外資の方に人がどうしても取られてしまいます。日本人はもう米よりパンの消費量が多いですから、経営上パンが作れなくなってしまうのではという危惧はかなりあります。

 ですからわれわれは業界企業と一緒になって、抜本的な生産性の改善や付加価値の向上に取り組んでいます。生産スピードをあげていってパンの1個あたりの付加価値をあげていく。そこはかなり危機感を高くもってこれからやっていかないといけないと思っています。

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