2024-07-08

キッコーマン社長CEO兼キッコーマン食品社長・中野 祥三郎「家庭用も業務用もお客様のニーズに合わせた提案を!」

中野祥三郎・キッコーマン社長CEO兼キッコーマン食品社長

「業務用では人手不足を補う商品、客単価が上がる特徴のある商品の反応がいいです」─。キッコーマン社長CEOの中野祥三郎氏は現在の外食産業の状況をこう語る。消費者の節約志向の中、日本人にとって身近な調味料の醤油を中心とした商品をどう売っていくか? 原材料高騰という厳しい環境にあっても柔軟に対応し、「業務用も家庭用も、それぞれの地域やお客様のニーズに合わせた提案していく」と中野氏は市場との対話を重要視する。


全てのお客様に付加価値の高い提案をする

 ─ コロナ禍を経て原材料高からくる物価高もありますが、社長就任後、3年間の総括を聞かせてください。

 中野 コロナ禍の当初は本当に大変な状態で、今後がどうなるかわからないという相当な危機感がありました。海外ではロックダウンがありましたが、1年ぐらいすると世の中の流れや社会活動はもう元に戻っていた感じでした。

 一方日本の場合はコロナ前に戻ることに対しては慎重で、自主的な規制がずっと続きました。しかし、昨年の5類移行後に人流が戻ってきたことに伴い外食産業の業務用の売上はやっとコロナ前の水準に戻りました。

 当社の商品は家庭用と業務用の両方があります。そういう意味では有難かったです。というのも、業務用の売上が落ちると家庭用の売上が上がるといった補完関係にあったからです。ただ、家庭用で売れる商品には変化がありました。

 ─ どんな商品に変わったのですか。

 中野 大型の商品が売れなくなって、小型の商品や簡便調味料が相当売れました。

 それから、業務用の販売先の外食産業は今かなりの人手不足に直面しています。インバウンド等も含めてお客様もたくさん来るようになり、ニーズが以前とは大きく違ってきましたので、より手軽においしい料理ができるような商品に対する引き合いが増えています。

 例えば醤油でも濃縮したタイプや、調理用ワインでは、調理に使うと1時間煮込んだような味になるといった、短時間でおいしいものができる商品が売れています。

 ─ 人手不足を補う商品でもあると。

 中野 そうなんです。それからもう一つは物価高の影響もあって、レストランもできるだけ客単価を上げるため、業界では高級食材を使ったリッチ化という大きな流れが出てきています。

 当社は「サクサクしょうゆ」というフリーズドライ醤油を使用した商品を家庭用・業務用で販売していますが、業務用の引き合いが大きくて、今までと違う手ごたえを感じています。こういった特徴のある商品、今までと違う商品に対する市場の反応がいいです。それが業務用の今の状況です。

 ─ 家庭用商品の状況はどうですか。

 中野 生活が大変な方もいらっしゃいますし、財布の紐が固くなっています。そういう方々のニーズをとらえた提案をしています。

 例えば豚の生姜焼きのように、安い食材でおいしくいただけるレシピの提案ですね。野菜でももやしや茄子など比較的供給が安定している安価な野菜を使ったレシピ提案をしていき、お客様の納得感のある提案をしていくことが重要です。

 それから居住エリアに合わせた提案も重要です。例えば高級住宅地にあるスーパーマーケットや一般的な下町のお店に対しては、各地域に合わせた提案をする。業務用も家庭用も、ニーズに合わせた提案していくことですね。

 ─ 提案は常に市場との対話ということになりますか。

 中野 そうですね。対面でのディスカッションもありますし、スーパーマーケットのPOSデータも活用しています。

 今、流通は会員制に力を入れていますから、会員の特性と紐づいたID付POSでデータが取れるんですね。30代の主婦の方がどういう買い物をしているか、シニアの方はどんなものを買っているかなど、年代層のデータが取得できるのでそれを活用して提案しています。

 また、ID付POSでは当社の商品と合わせてどんな食材・総菜を買っていただいたかもわかります。そうすると、例えば野菜売り場に当社の簡便調味料を提案することもできます。そのようなデータの連携が相当できるようになってきて、逆にそれができないと、流通も、お客様にも喜ばれるようなご提案ができなくなってきています。

 ─ お客様のニーズに合わせた提案をするということですね。一方で原材料の高騰が続いていますが、値付けはどう考えていけばいいですか?

 中野 当社も2年前に14年ぶりに醤油を価格改定しました。コロナ禍後に海外の需要が高まり、逆に供給が上手く追い付かないということもあって、いろいろなものの価格が上がりました。ウクライナ戦争で穀物やエネルギーも上がり、さらに追い打ちで円安がきました。ですから、メーカーとしては価格改定をしないと事業が継続できない状況になっています。そのため当社も価格改定を実施してきました。

 最初は1回、2回で済ませたかったのですが、当社にはいろいろなカテゴリーの商品があるので、結果的に2年間にわたって10回くらい価格改定をやらざるを得ませんでした。営業はこの2年間の値上げで相当苦労したと思います。流通も最初は値上げに相当抵抗感がありましたが、今は流れが変わって、それほどではなくなってきたように思います。

 ─ マクロ経済的には全体で賃上げをして、また消費を増やして好循環を作っていくと。

 中野 はい。やはり賃金が上がっていかないと経済が回っていきませんからね。その意味では、今が正念場なのかなと。

 ─ 円安による為替変動をどうみればいいですか。

 中野 当社の場合は、基本的には海外の商品は現地の原料を使い、現地で作って、現地で売っています。ですから、海外の事業は為替の影響をあまり受けません。ただし、ドルやユーロなどを連結決算時に円に換算するので、円安の場合、数値は膨らみます。

 しかし、日本は輸入原料が多いので国内の事業には影響があります。包装材料にしても基本的には石油ですから、包装材料のメーカーからは価格を上げて欲しいと要望がきます。今まで我慢してきた資材メーカーも我慢できなくなって、じわじわと価格が上がってきたと。それがだいたい一巡したところだと思っています。

 ─ 今、売上では海外事業が全体の4分の3、利益では8割以上を占めていますね。今後も海外を拡大していく方針ですか。

 中野 そうですね。米国もまだまだ伸びると見込み、ウィスコンシン州にある工場から車で1時間くらいの場所に、米国で3つ目となる工場を建てています。米国でもつゆ・タレ類の商品ラインが広がっていますので、それにも対応していきます。

 ─ 工場増設の動きを見てもキッコーマンというブランドが世界に浸透してきたといえますね。

 中野 有難いことです。しかし、ヨーロッパは米国のまだ4分の1くらいの量ですので、ここをもっと伸ばしていきたいと思っています。20年も経てば米国と同等くらいまで成長するだろうと期待しています。

 それからインドネシア、フィリピン、タイなどASEANにも力を入れています。やはり人口が相当多い地域で、所得水準も上がり、スーパーマーケット等も整備されてくると、新鮮な食材が地元の方々に行き渡り、われわれの醤油がそこにマッチしてきます。東南アジアは10%くらいの伸びが期待できます。


フォロワーシップで人を育てる

 ─ 今後更なるグローバル化の拡大に向けて、キッコーマンでの人づくりはどのように考えていますか?

 中野 わたしが社長になったのはコロナの最中でしたので、出張などに行けず時間に余裕がありました。その時間を使って、いろいろな部門から所属長クラスを15人くらいずつ集めて、ディスカッションする場を設けました。

『おいしい記憶をつくりたい。』というコーポレートスローガンや、『こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。』というキッコーマンの約束があるのですが、社員一人ひとりの役割は違いますから、それぞれの部門で自分たちがどういうことをやっていくかというビジョンを考えて欲しいと。さらには人材をどうやって育成していくのか。そういったことを含めて、各部門の人たちにテーマを出してもらって、それをみんなでディスカッションしました。月に2回くらい、2年間行いましたね。

 ─ それぞれの役割を見つめ直したということですね。

 中野 はい。そして現在では、それを個人のビジョンに落とし込んでいます。要するに個人個人がどういうことをキッコーマンの中でやっていきたいか。個人の思いや志をまとめてもらって、それが会社の進む方向と重なるところにやりがいというものが出てくるのだろうなと。個人が成長して力を発揮できれば、会社全体も成長していく。仕事を通して社会に貢献できるというところに、やりがいを感じてほしい。そのためにも一人ひとりが、それをしっかり考えていかなければなりません。

 ─ 当事者意識が大事だと。

 中野 はい。ついつい上の人は良かれと思って、一方的に部下にいろいろと言ってしまいがちです(笑)。上司から部下を見れば部下が至らないと思うので、当然それは目につきます。ただ上司に言われているだけでは本人はすぐに忘れてしまいます。それよりは自分がしっかりと考えることが大事だと思うのです。

 上司が指示することも重要ですが、上司が部下の話を聞いて寄り添って、見守るといったリーダーシップの取り方もあります。支えるというフォロワーシップとの使い分けが重要だなと。それをやることで部下も育ち自立し、当事者意識も芽生えてくると。そういうことを実践していきたいなと思いますね。

 ─ 昨今、会社と社員の関係でエンゲージメントという言葉が出ますね。社員との対話が非常に大事になっています。

 中野 はい。当社でもエンゲージメントの調査を毎年実施することにしました。従業員一人ひとりがどういう思いを持っているかを所属長が確認して、自分ではうまくいっていると思ったら、実は、自分と部下たちと距離感があったなといったようなことを感じるわけです。

 それをしっかり部下との関係性に生かしてチームを作っていくことが重要です。そのためにはまず信頼関係や人間関係ができていないといけません。また、上から一方的に指示しても、なかなか結果には結びつきません。個人のやりがいがあって初めて、その部署の結果に結びついてくると思います。

 ─ 自分の会社を好きになる、プライドを持つということは非常に大事なことですね。

 中野 はい。自分の仕事にプライドを持つ。今は転職も盛んな時代ですので、いかにキッコーマンで長く働きたいという気持ちになってもらうかが重要だと。これは意外に海外の企業の方が熱心です。流動性が激しいだけにリテンション(人材の確保)に力を入れているのです。

 日本は今まで流動性が激しくなかったので、あまり気にしないでも社員はキッコーマンにずっといてくれました。しかし時代は変わりましたので、今は会社として社員に働きかけないといけません。できれば長く働いてほしいし、場合によっては1回辞めた方でもまた戻ってきてほしいと思っています。

 ─ 社長としてはどういう言葉で、社員を叱咤激励していますか。

 中野 まず重要なのは、よくやっているねと承認すること。当然至らないところもあるんだろうけど、やはり良い所から目をつけないといけません。人それぞれ良い所はあるのです。良い所を伸ばして、改善すべき点はフォローしてあげる。さらに力を発揮するために期待していく。そういうことが重要だと思います。

 将来の話やプライベートの話などもする中で、信頼関係を構築していくことが全体のチーム作りにつながると思います。わたし自身もできるだけ営業所や工場といった現場に顔を出して若手・中堅の社員などとディスカッションしています。

 ─ 若手の人づくりをどう考えますか。

 中野 やはり若い人も幅をもって育ててあげないといけません。自由にやらせると、意外にわれわれが思いつかなかったいろいろなアイデアが出てくるものです。例えば地元の営業の社員が地方のテレビ局にコネクションを作って、自ら番組に出て商品の売り込みをやったようなケースもあります。われわれよりももっと今時の発想でチャレンジしてくれているのです。型通りにやらせようとすると、逆に萎縮してしまって難しいです。

 ─ のびのびやらせると。

 中野 はい。当然会社としての枠組みはありますが、われわれの目指す方向性があって、その中で、自分で考えて自由にやりなさいよと言うと、みんな面白いことをやり出します。チャレンジする中で大変なことはありますが、人は壁があるほど乗り越えていこうと成長しますから、そういうやり方もあると思っています。

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