2024-08-15

【政界】不祥事などに悩まされる岸田政権 求められるのは『日本の骨太針路』

イラスト:山田紳

米大統領選の混乱、国際情勢の悪化、続く円高など、国民を取り巻く環境は厳しさを増すばかり─。9月の自民党総裁選は、首相・岸田文雄といずれの「ポスト岸田」候補も決め手を欠き、混迷の度を深めている。派閥解散で縛りが外れた議員たちは、ベテランから若手まで離合集散を繰り返しながら「勝ち馬」を探る日々だ。国会閉会中の今夏も、省庁や自民議員の不祥事が相次いで岸田を襲い、政権再浮揚のきっかけがつかめない。そんな中でも議論を戦わせて政策を磨く政治本来の姿は取り戻せるのか。


頭を下げる

 自民党総裁選を巡る政局が膠着状態の中にあっても、梅雨明けとともに、政府の政策案件は粛々と動いていた。

「個人の尊厳を蹂躙する、あってはならない人権侵害だ。皆様の多大な苦痛とご苦労に思いをいたし、解決は先送りできない課題です」

 障害者らに不妊手術を強要した旧優生保護法を憲法違反とし、国の賠償責任を認めた最高裁判決を受けて、岸田は被害者らと首相官邸で面会した。幅広い被害者救済を検討することを約束した面会は、予定の1時間を約40分超えて続いたが、岸田は被害者一人ひとりの話が終わる度に丁寧に頭を下げた。官邸スタッフも誰一人、次の日程を気にするそぶりを見せなかった。

 異例の厚遇には伏線がある。水俣病の公式確認から68年を迎えた5月1日、環境相の伊藤信太郎が患者団体と現地で開いた懇談がそれだった。持ち時間の3分を超えて発言した患者遺族らに対し、省職員がマイクの音声を強制的に切るという「事件」が起きた。よりにもよって水俣病は、1971年に環境庁(当時)が発足する原点となった四大公害病の一つである。野党の強い反発を招き、伊藤は謝罪と時間制限なしの再懇談実施に追い込まれた。

 岸田自身、自民党ハト派の宏池会を率いていた立場から、強制不妊の被害者救済に前向きな思いは元々あっただろう。だがそれ以上に、「政治とカネ」を巡る追及を浴び続けた通常国会が終わったいま、政権再浮揚に向けて、被害者対応の失敗でさらなるダメージを負っている場合ではなかったわけだ。

 通常国会でダメージを負った過去の政権は、「夏の過ごし方」によって明暗がはっきり分かれている。2017年当時の首相・安倍晋三は、森友・加計学園問題で政権が風前の灯火となり、7月の東京都議選で惨敗した。しかし、その後の夏を大きな失点なくやり過ごすと、少しずつ内閣支持率が回復した同年秋の衆院選に勝利し、首相を続投している。

 一方、21年の菅義偉の場合は、新型コロナウイルスへの対応が通常国会で猛批判を浴びた上、国会閉会後の東京五輪を巡る対応や、8月の「原爆の日」の式典あいさつで核兵器なき世界への誓いを読み飛ばす不手際などが重なり、支持率が回復しないまま、秋の自民党総裁選への出馬を断念せざるを得なかった。

 つまり、野党が追及の場を失って国民の関心もそれやすい国会閉会中に、逆風下の政権が「浮力」を取り戻せるか、いかに新たな失策をしないかが、先への望みをつなぐカギとなる。退陣不可避論が公然と語られ、それでも起死回生の総裁再選を諦めていない岸田であれば、なおのことだ。


「浮力」はあるか

 しかし、岸田が最もあてにしていた肝いりの定額減税は「効果を実感しにくい」「この程度で経済は回復しない」と評判が芳しくない。さらに悪いことに、大きな不祥事が防衛省でも起きてしまった。

 防衛相・木原稔は7月12日、背広組(防衛官僚)と制服組(自衛官)の計218人を処分したことを発表した。

 処分対象は、①日本の安全保障に深くかかわる特定秘密の違法な運用②海上自衛隊員による「潜水手当」の不正受給③基地内で代金を払わずに食事をする不正喫食④キャリア官僚らの部下へのパワーハラスメント、の4つに大別される。前代未聞の大量処分であり、特に不正が相次いだ海自は、トップの海上幕僚長が事実上更迭された。

 省の定期人事に合わせた発表にはうみを出し切る狙いがあったが、日本の防衛の重要性を詳述する防衛白書の発表日と重なったのは皮肉と言うほかない。木原は「長い間、防衛省・自衛隊が抱えてきた問題をいっぺんに解決したいという思いがあった」と強調した。

 17年7月には、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題を巡り、安倍が目をかけていた稲田朋美が防衛相を引責辞任している。自身の進退を問われた木原は「職責を全うする中で、防衛省・自衛隊の悪い部分を改革していく」と辞任を否定した。与党関係者からも「木原さんが就任する前からの問題だ」と同情論が多かった。

 しかし処分発表の6日後、潜水手当の不正受給で海自隊員4人が逮捕されていたことが発覚。しかも、その事実が木原に報告されていなかったというおまけまでついた。シビリアンコントロール上の問題は明らかで、野党は責任追及を強めた。

 かつて安倍は稲田の辞任直後に内閣改造に踏み切り、結果的にダメージコントロールに成功した。ところが、岸田の場合、今秋の総裁選前の改造を模索しようにも、「政権がこの状態では、ろくに引き受け手がいないのでは」との声がもっぱら。今の岸田の方が、当時の安倍より追い込まれているとも言える。

 ちなみに、稲田の辞任から改造まで一時的に防衛相を兼務したのが、当時外相を務めていた岸田であった。

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