2024-10-17

東北大学総長・冨永悌二「大学が知を提供し、それを企業が社会価値に変える。その好循環を生み出したい」

冨永悌二・東北大学総長

「従来の日本の国立大学のシステムを変えて、欧米の大学と競合できるようなシステムに切り替えていく」─。こう力を込めるのは東北大学総長の冨永悌二氏。同大学は世界トップレベルの研究水準を目指す「国際卓越研究大学」について初の認定に向けた候補となっている。宮城県仙台市にキャンパスを構え、世界中の企業や研究者を集める取り組みを進める。冨永氏が描く次世代の国立大学のあるべき姿とは?


創立以来のオープンマインド

 ─ 世界最高レベルの研究水準を目指す「国際卓越研究大学」の最初の認定校に向けて取り組みを進めていますね。

 冨永 全国の大学10校の中から東北大学に絞られています。1年間かけてアドバイザリーボードでの様々なやり取りを経て、本学が確かに全学を挙げて変わろうとしている、変わる意思があるということが認められたのではないかと思っています。

 国際卓越研究大学に認定されれば、研究体制の強化に向けた支援として国から助成金を受け取ることができます。これを原資に従来の日本の国立大学のシステムを変えて、欧米の大学と競合できるようなシステムに切り替えていくことで、研究力を強化することができます。

 ─ 産業界との連携も大事な要素になりますね。

 冨永 もちろんです。欧米の大学は産業界との結びつきが非常に円滑で、知的価値創造の好循環が形成されています。内で閉じているだけでは絶対にできません。つまりは外部から資金を得ることはできないわけです。

 また、国からの運営費交付金にも限りがあり、年々減ってきています。そうすると、大学自身もこれからは自ら稼いでいかなければなりません。それはつまり、知的経営体としての役割が求められているということです。

 米・ハーバード大学は何兆円という自己資金を潤沢に持っています。その資金を運用し、その運用益から生まれてくる資金を自分たちが本当に望む研究や教育を行うための体制づくりに充てているわけです。これが一番の好循環の理由になります。

 本学も25年後には自己資金を運用し、その運用益で自分たちの研究や教育ができる大学になりたいと思っています。その意味では、産業界と大学も密接につながり、我々が知の価値を提供し、それを産業界の方々に社会的価値に変えていただく。

 そして産業界からいただいた資金を使って、もっと優秀な研究者を招き、もっと素晴らしい研究を推進すると。そしてそこで生まれた知的価値をまた世の中に問う。こういった好循環を生み出していきたいです。

 ─ 企業を惹きつけるには、大学の特色が求められます。

 冨永 ええ。実は本学は興味深い歴史を辿ってきました。本学は1907年に創立されたのですが、その年は日露戦争の2年後。国にお金がない時期でした。そこで本学の創立に当たっては、自治体である宮城県と民間が資金を投じてくれたのです。ですから、東京大学や京都大学などが官費で創立されたのに対して、本学は地域や民間のお金が創立時から入っていたのです。

 したがって、「社会と共に歩んでいこう」という考え方は既に本学のDNAとして組み込まれているのです。それを体現することとして、創立当初からオープンマインドで、門戸開放を理念の1つに掲げています。女子学生を受け入れたのも1913年と早く、国立大学では本学が初めてでした。3人の女性の科学者が入学しました。

 ─ 留学生はどうですか。

 冨永 こちらも早いです。例えば中国の著名な文人である魯迅がそうですが、留学生は早くから受け入れていました。また、高等師範学校や高等工業学校などにも早くから間口を広げて学生を受け入れており、東大総長を務めた茅誠司さんは東京高等工業学校卒業後に本学に入学されましたし、東海大学創立者の松前重義さんも熊本高等工業学校卒業後に本学に入りました。


3つの柱から成る「建学の理念」

 ─ オープンであることがウリであるということですね。

 冨永 はい。もう1つの特徴は「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」の3つの柱から成る「建学の理念」です。例えば工学系の本多光太郎先生は鉄の磁性研究に取り組み、「新KS鋼」を開発しましたし、西澤潤一先生は光ファイバー通信を発明しています。工学系の世界で著名な方々が社会に大きな価値を創造してきた歴史があるのです。

 ─ そういった歴史を踏まえた上で、国際卓越研究大学に選定された場合に、どのような価値を社会に提供しますか。

 冨永 3つの公約を掲げています。それは「インパクト」「タレント」「チェンジ」です。そして、これらは先ほどの建学の理念ともつながっているのです。

 1つ目のインパクトは国際的に卓越した研究という学術的なインパクトと世界に変化をもたらす研究展開という社会的インパクトを意味しており、これらは研究第一や実学尊重につながるものでもあります。

 また、世界の研究者を惹きつける研究環境を整備するタレントや全方位の国際化を進めるといったチェンジは門戸開放につながります。ちなみにチェンジには機動的で責任ある経営ガバナンスも含まれています。

 ─ いち早く外を向き、変革に乗り出した危機感は、どのように醸成されていったのですか。

 冨永 本学は東京や大阪のように人や資金が集めやすい環境にありません。さらに東日本大震災を経験し、大学が学府の中で閉じこもっていても何の貢献もできないことを、身をもって学びました。

 自分たちが外に出て行って社会と共に行動しなければ震災は乗り越えられず、復旧と復興も進めることができないと学んだわけです。社会と共にチャレンジしていくのだという精神は、そういった中で培われてきたと思いますね。

 ─ 学内の機運も盛り上がっていると感じますか。

 冨永 そうですね。大学には文系から理系まで様々な価値観があります。多様な価値観がクロスオーバーしている組織でもあります。そういった人たちから期待の声が数多く上がっています。背景には大学運営という面での危機感があるのでしょう。

 2004年から国立大学が法人化されて運営費交付金が削られ、研究環境が非常に劣化してきていました。特に若い人は有期雇用になってしまい、その数も減少傾向にあります。技術職員その他のサポート体制も手薄になってきていたのです。

 そうした中で、教職員も様々な仕事を抱えており、本来研究に充てるべき時間が減ってしまっていました。2000年初頭時、大学の研究者の研究時間は50%近くを占めていたのですが、現在は35%にも届いていない。国際卓越研究大学の目標では、これを25年後には50%にまで上げたいと思っています。

 ─ そういった時間と共に資金が重要になってきます。

 冨永 はい。本学が産業界からいただいた資金や寄付金など自分たちで稼いできた資金が年間100億円をはるかに超えています。国際卓越研究大学としての認定を受ければ、その相当額が25年間にわたって毎年国から助成されるようになります。これまでの運営費交付金は使い道が決められていましたが、今回の資金は人件費などにも充てることができます。

 ということは、研究者の数を増やすことができますし、研究をサポートする人材の数も増やせる。そうすれば、研究者は研究により多くの時間を費やすことができるようになるわけです。

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