2022-12-29

〈関西浮揚に何が必要か?〉大阪商工会議所・鳥井信吾会頭「まずは試行錯誤して前に進んでいく。『やってみなはれ』の精神を広げていきたい」

鳥井 信吾 大阪商工会議所会頭(サントリーホールディングス副会長)

「我々の使命は〝つなぐ〟ことだ」─。このように強調するのは佐治敬三氏以来、37年ぶりにサントリーホールディングスから大阪商工会議所会頭に就任した鳥井信吾氏だ。原材料高やエネルギー高などで町工場が厳しい環境に置かれる中で「町工場ネットワーク」などで産官学の連携を進める考え。基本にあるのは新しいことへの挑戦を推奨する『やってみなはれ』の精神だ。2025年には大阪・関西万博も控える。関西の活性化には何が必要なのか?

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大企業と中小企業が二極化

 ─ 大阪を含めた足元の経済動向をどう見ていますか。 

 鳥井 誰も予測できないコロナが約3年続いています。これは20世紀から21世紀にかけての大きな出来事だと思います。加えてロシアのウクライナ侵攻が起こり、原材料高、エネルギー高、円安が連動して起こった。 

 単一の原因で単一の事象が起こっているのではなく複合的に起こっている。しかも同時にです。何とかこれを払拭して23年からは上昇機運をつくっていかなければなりません。不透明な要素はありますが、非常に悪い要素があるわけでもありません。 

 円安が必ずしも企業全体の業績を押し下げるとは限りません。逆に収益につながることもあります。海外移転を進めた大企業は円安で潤っていますが、一方で中小企業は円安が厳しい。 

 ─ 二極化ですね。中小企業の振興に向け、生産性向上を含めて、どのようなスタンスをとっていきますか。 

 鳥井 大企業に比べて中小企業の粗利率は低い。原材料がこんなに上がってしまうと厳しい。電気料金も上がり、サプライチェーンが寸断されて調達難も起こっています。この冬を何とか乗り越えていかなければなりません。そこで課題になるのが価格転嫁です。 

 この課題に関しては日本商工会議所も旗を振っており、政府も力を入れています。ただ、企業同士の力関係などで取引の状況は1つひとつ違っていますのでなかなか難しいのですが、徐々には進んでいると感じてはいます。 

 ─ 一方で賃上げは30年間、ほぼ横ばいが続き、家計も直撃を受けています。 

 鳥井 物価が上がれば賃上げしないと、企業業績だけではなく生活に直結します。また雇用の面も重要です。本来であれば、雇用を維持しながら賃上げするというのがベストなのですが、それができない企業もあると思います。そこはバランスが問われているのではないかと思います。 

 ただ、単に原材料が上がったから値上げするというのは難しい。付加価値が上がって生産性が上がり、そして物価も上がっていくと。それに合わせて付加価値に対し賃金も上がっていく。これが望ましい姿だと思います。 


独自の良さを発信すべき! 

 ─ 会頭に就任してサントリーの進取の精神を表す「やってみなはれ」をプロジェクトの名称につけましたね。 

 鳥井 ええ。「やってみなはれ」の言葉の先には「やってみな、わからしまへん」という言葉が続きます。つまり、やってみて初めてわかるのです。わかることは体感で理解できることであり、それがわかるから次に進むか、進むのをやめるべきかがわかるのです。ですから、単に見込みということではなく、行動も伴っているのです。 

 試行錯誤して前に進んでいくことは非常に地道なことだと思います。また、やってみることには若干の勇気も必要です。失敗すると人にどう言われるかわからない。それは怖いことです。それでも飛び込んでいく勇気が求められるということです。 

 ─ 一方で大阪企業の東京への本社移転が進んでいます。 

 鳥井 もうこれ以上、そうならないように止めなければいけません。これは大きな課題です。ただ、幸いにしてコロナ禍でテレワークなどネット環境でも仕事ができるようになりました。ネット環境が整備されたことで企業も拠点をバランス良く分けるようになっていくでしょう。 

 ─ そうした場合、関西の強みとは何ですか。 

 鳥井 関西には3空港があります。海外との出入り口となる24時間空港の関西空港と伊丹・神戸両空港がある。そもそも関西にはコロナ前まで年間1000万人以上のインバウンドもありました。 

 そうすると、海外の企業も日本の拠点は東京だけということにはならないはずです。米国の企業も全ての機能をニューヨークに集中させていません。ヒューストンやダラスなど東海岸や西海岸、中西部などにバランスよく分けているわけです。 

 関西ももう一度、独自の良さを発信する必要があります。実は英経済誌『エコノミスト』による「世界の『住みやすい街』ランキング2022年版」で大阪は第10位に入ったんです。 

 ─ 住みやすい根拠とは。 

 鳥井 おそらく安心・安全が大前提としてあり、生活にかかるコストも割安で、郊外に行けば緑もたくさんある。それからホスピタリティという面もあるでしょう。それから安くて美味しいお店がたくさんあります。 

 また、大阪にもたくさんの文化がありますが、近隣の京都や奈良にもすぐに行けます。近畿圏も含めた関西圏の人口は約2000万人。オランダを越える規模です。関西のポテンシャルは大きいのではないでしょうか。 


関西は産業が勃興した地域 

 ─ 明治期に近代化が進み、産業の歴史も関西がその基礎の1つになっています。まさにストーリー性があるわけですね。それを生かしていくと。 

 鳥井 その通りです。米の先物相場も江戸時代の大阪が発祥です。また、大阪の稲畑産業の創業者・稲畑勝太郎さんによって初めて日本に取り入れられたのが映画ですし、シャープ創業者の早川徳次さんが発明したシャープペンシルや、国産テレビの本格量産を開始したのもそうです。 

 また、インスタントラーメンを開発した日清食品創業者の安藤百福さんやウイスキーを産み出したサントリー創業者の鳥井信治郎も大阪です。ちなみにビールの発祥の地も大阪になります。また、金融でも野村グループの創業者・野村徳七さんも大阪です。大阪はものづくりの街だと思われていますが、金融とも紐づいているのです。 

 ─ 産業分野が多岐にわたるところも特長ですね。 

 鳥井 はい。大阪には免疫学で世界のトップを走る大阪大学医学部の岸本先生や大阪公立大学医学部・近畿大学医学部等があります。また、ノーベル賞受賞者の本庶佑先生や山中伸弥先生に代表されるように生命科学では関西はかなり強い。ですから「医工連携」に力を入れているところです。 


町工場をつなぐプロジェクト

 ─ 大商が仲介すると。 

 鳥井 2017年から大阪市内の町工場が連携する「町工場ネットワーク」という仕組みを設けています。町工場と町工場をつないで医療機器等の開発製造を支援しています。 

 実際に大阪市内に圧力計を製造する企業があるのですが、その町工場が東京の国立国際医療研究センターと呼吸器疾患の患者の吸引筋力を測定できる機器を開発しました。圧力計の原理を応用して肺の圧力を調べる装置をつくったのです。 

 また、これはまだ実験段階ですが、アトピー患者の痒みを止めるために熱と冷気を出す機器を大阪のスタートアップと町工場が連携して試作開発中という事例もあります。アトピーの痒みを抑えるために塗り薬や飲み薬を使う方法がありますが、この機器は痛点という痛みを発する部分を電気で刺激することで痒みを抑えるものになります。 

 それから国立循環器病研究センターと3Dプリンターの会社が協業し、手術をする患者さんの心臓を3Dプリンターで再現。手術前にどのように手術を進めていくかをシミュレーションするために使っています。こちらはかなり一般的になりました。 

 ─ 大商の役割の1つが「つなぐ」ということだと。 

 鳥井 そうですね。他にもクモノスコーポレーションといった3次元シミュレーションの技術を高度化し、建物の外部も内部も誤差1㍉の範囲内で忠実に再現ができるといった世界のトップを走る技術があるわけです。そういった技術を持っている企業を巻き込みながら産官学連携を進めていく考えです。 

 ─ 25年には大阪・関西万博が行われます。大商はどのように取り組んでいきますか。 

 鳥井 大阪府と大阪市が進める「大阪パビリオン」で、大商と大阪産業局が、中小企業・スタートアップの出展・展示ゾーンを運営します。 

 26のテーマで、今後出展企業を募集します。例えば、一般市民のお困り事があれば、それを高い技術を持った中小企業がお手伝いして何らかの解決法を見つけると。あるいは「ウェルネスオフィス」という概念もあります。 

 いわゆる心の健康をテーマにして、メンタルヘルスの問題も含めて、快適に過ごせるオフィスをつくるにはどうしたらいいかと。そのためにはどんなデータをとって、どんな解決方法を提供したらいいかをテーマにしています。それらの試作品等を大阪パビリオンで展示していくことになっています。 


中国とどう向き合うか?

 ─ 1972年に日中国交正常化を迎えましたが、その前年に関西財界訪中団が組織され、中国と懇親を深めてきました。今後の日中関係をどう考えますか。 

 鳥井 よく言われているように2000年前から日本と中国は引っ越しできない関係にあります。その中で経済と政治・軍事は別です。軍事に関係ないものは基本的には自由であるはずです。 

 実際に中国への輸出をやめてしまったら日本は困ってしまう。一方で中国も日本からの輸出がなければ、日本が持っている高い技術の部品を手に入れることができなくなります。お互いが困るわけですから、経済交流を止めるようなことはあってはならないと思います。 

 ですから、日本としては政治的な距離をはかりながら関係を維持していかなければなりません。ロシアのウクライナ侵攻も、どこかで止める瞬間があったと思うのです。それができないと今回のようなことが起こってしまう。 

 今がどのような時点にあるかは微妙ですが、日本の政治がしっかりしないといけません。互いに、言うことは言う関係が大切ですね。 

 ─ インバウンドの獲得に向けた方策を聞かせてください。 

 鳥井 コロナ次第ですが、回復基調にあることは間違いないと思います。ですから、今から準備をしておく必要があります。 

 京都の清水寺や東大寺の大仏、大阪の天神祭や大阪城、さらには黒門市場や天神橋筋商店街など、我々の生活を知ってもらい、外国人の方々が帰国してからも自分の経験や人生観に何らかの刺激を与えるような体験をしてもらうことが重要なのではないかと思っています。

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