新しいものを生み出すのはリアルの空間
─ 足元ではインバウンド(訪日外国人観光客)が増えていますが、3年半のコロナ禍をどう総括しますか。
辻 世界中の人たちが、一斉に同じ体験をするというのは、今までにほとんどないことでした。それによってリモートワークが浸透、テクノロジーが進化して、働き方、住まい方を見直していこうというムードになりました。これがある地域だけで起きていたら、こうはならなかったと思うんです。
この全世界の人が同じ経験をしたというのは、何かが変わる時の大事なポイントではないかと思います。その中で、健康や自分の生活に対する人々の意識は上がっていきました。
─ 確かに人々の意識はコロナで大きく変わりましたね。
辻 ええ。そして私がコロナで感じたこととして最近いつも言っていることがあります。
「働き方が変わる」と言われた中で「オフィスがいらなくなる」という人がいました。また、「リモートワークが中心になって、オフィスを解約している企業が増えている」などとも言われましたが、実はそうしたことはほとんど起きていません。少なくとも、当社の物件に関しては、コロナ前とほとんど状況は変わっていません。
確かにコロナ前と働き方は変わりましたが、何かを議論しながら新しいものを創ろうとする時には、みんなが集まる場が必要です。クリエイティブな仕事、新しいものを生み出すことはリモートだけではできません。
─ 相手の表情を見たりしながら議論をする必要があると。
辻 そうです。例えば20人で会議をする時、リモートだと小さな画面に20人の顔が並びます。話はできますが、表情がわからない。リアルで会えば「何か別のことを考えているな」などといったことがわかりますよね。何よりも、議論をするというのはリモートでは難しい。
確かに、米大手IT企業などは最近まで100%リモートでした。しかし、オフィス自体は全く減らしていません。それはオフィスの使い方が変わってきているからです。
オフィスに1人ひとりの席があって、そこで仕事をするというより、みんなで打ち合わせや会議をしやすくするために設えも変えている。階段状の打ち合わせスペースや、コーヒーを飲みながらリラックスして会議ができるスペースがあるなど、様々な工夫がなされています。今後、リアルとリモートの併用で、ますます変わっていくと思いますね。
─ 人と人との議論や対話には五感を働かせることが重要だということですね。
辻 世の中の多くの経営者は、リモートでは重要な仕事は進まないと考えています。ですから外資系のIT企業も、どうやったら社員が会社に来るかを一生懸命に考えている。
世の中で何かが変わると、多くの場合変わるものばかり追いかけるようになります。テクノロジーの進歩も同様ですが、そればかり追いかけていると最後、行き場がわからなくなる。
しかし、人間の「会いたい」という出会いを求める気持ちや、音楽をライブで聞きたいという感覚など、人間の本質は変わりません。その人達が生活し、働く、それを受け入れる都市の本質も、おそらく変わりません。
ですから、選ばれる都市も変わらないのだと思うんです。今回のコロナ禍では、そういうことを強く感じました。
─ コロナ禍は自らの仕事を見つめ直す機会になったと。
辻 何が大事なことなのかといった本質的なことを理解する機会になったと思いますね。
オフィスや街を訪れた人同士が仲良くなって、そこから新しいものが生まれたりするわけです。そういう偶然が必要ですし、そのための場や機会をつくるのが我々の役目です。
そして、わたしたちは場を提供するだけなく、「仕掛け」をつくろうとしています。