日本的経営の特徴は「従業員を大切にすること」と語る東レ社長の日覺昭廣氏。その日本的経営を実践する企業として「売上高5兆円、世界トップの素材メーカーを目指す」。社会の進歩は、素材の進化がなければ実現しないという信念を持つ日覺氏。世界経済が金融資本主義で進む中、技術だけでなく、経営においても、社会を変える存在を目指している。
コロナ禍でも中長期展望は変えず
─ コロナ禍の対応が続きますが、現状を聞かせて下さい。
日覺 昨年2月7日に全社対策本部を立ち上げて、欧米を含めてマスク着用の徹底を指示しました。ただ、海外の人たちはマスクをする文化がない。マスクをしなければいけないのは重症の人だから、そもそも会社には来てはいけない人なんだと。
しかし、今回の新型コロナウイルスは発症する1~2日前の感染力が一番強い。いわゆる無症状で感染させてしまう。これが盲点で一気に広がってしまった。
つまり、元気な人がうつしてしまうので、陽性者を隔離することが重要です。その意味でも、わたしは徹底的に検査をして陽性者を洗い出すことが必要だと思っています。
検査をして陽性だったら自宅での自主隔離でも良いんです。これを指定感染症にしてしまったから検査機関や病院等が制約されてしまった。
完全に検査をして、マスクをして、手洗いをして、陽性の人を隔離すれば抑えられたはずなのにそれをやらなかった。
検査しても、感染後1~2日は陽性にならないから意味がないという人もいますが、一応陰性でも、マスク、手洗いをして、念のため、3~4日後にもう1回検査をすればいいと思います。新型コロナの症状に合わせた対応をすれば、感染拡大は防げるはずです。
─ 政府の対応も問題がありましたね。コロナは各社の業績にも影響を与えていますが、東レはどうですか?
日覺 4―6月が最悪期でした。われわれは素材メーカーなので、4―6に自動車生産が止まった影響を受けました。5月の緊急事態宣言が解除された後ぐらいから全体的に持ち直して、10月以降はほぼ前年並みになりました。
─ そうすると、減収減益になると。
日覺 発表した内容をいうと、利益で1000億円近いマイナス要因があって、営業利益は当初700億円を想定していたのを800億円に上方修正し、その後900億円にしたと。できれば、なんとか1000億円までいきたいなと思っています。
─ コロナ危機を経たうえで、今後の中長期展望を聞かせて下さい。
日覺 中長期の展望は昨年5月に発表しました。というのは、その時点でもコロナは一過性のもので、1~2年で終息すると見ていたからです。中期経営課題は2022年度、つまり来年が最終年度なので、その頃には世の中も元に戻っていると。ですから、そのあたりの方向性は変えていません。
─ 菅政権が「2050年にカーボンニュートラル」という大きな方向性を打ち出しました。遅ればせながらという感じはありますが、感想は?
日覺 東レは、2018年7月に「サステナビリティ・ビジョン」を発表したのですが、そのとき、2050年に排出と削減のバランスの取れた社会、いわゆるカーボンニュートラル的なことを言っていたので、ようやく近づいてきたかなという気がしています。
─ 東レはすでに手を打っていると。
日覺 グリーンイノベーション事業ということで、いわゆる省エネルギーとか新エネルギー、バイオマス素材といった事業に2011年から取り組んでいます。
ただ、問題は排出ゼロについて、現実的に議論する必要があるということです。
というのは、排出ゼロのハードルは高く、ゼロではなくバランスを取ることが重要になるからです。
植林をして、化学製品をやめて、鉄鋼もやめて、全てやめて農作業をコツコツやり出したらゼロになるかもしれないけれど、そういう生活には戻れません。
であれば、われわれの炭素繊維を使うことで飛行機の燃費が良くなって、排出量がぐんと減るといったこともしっかりカウントしていく必要がある。
飛行機が飛ばなかったらいいとか、自動車も乗らなければいい、とはならないので、どういう政策を打ち出していくかが大事なのだと思います。
─ 技術を使ってカーボンニュートラルを実現する必要があると。
日覺 ええ。われわれは素材メーカーなので、いろいろな用途の技術開発をして、革新的な材料を提供することでソリューションを提供できる。
例えば、組み立て系のメーカーは変化に対応する選択肢が限られますが、われわれは省エネルギーなら航空機や自動車の軽量につながる炭素繊維があるし、再生エネルギーなら大型風力発電の羽に使われる炭素繊維(ラージトゥ)、水素を入れる圧力容器用の炭素繊維もあります。
特に大型風力発電用の炭素繊維がすごく伸びています。
中国もそれほど大きくない風力発電はグラスファイバーでもよかったのですが、50メートル以上の羽を回そうとしたら炭素繊維でないといけないので、今、炭素繊維が全然足りない。 ─ 主力工場は今、どこにあるのですか?
日覺 風力発電に使われるラージトゥはハンガリーとメキシコで、今、増産しています。
太陽光発電を増やす動きもありますが、太陽光は気候変動の影響を受けたり、夜は動かせない。一方、風力なら夜も動かせるため太陽光に比べると安定しているので、世界中で風力発電を増やすと言われています。