2022-08-26

【私の帝国ホテル史】帝国ホテル・小林哲也元社長の「帝国ホテルは誕生から既にブランド。さすがと言われるホテルづくりを」



米国のライト設計の家を見て

 ちなみに、ライトを巡っては、わたしにとって忘れられない出来事があります。わたしは1974年から国際営業を始めていたのですが、86年に米国のケンタッキー州でトヨタ自動車さんが初の米国工場を建設しました。その4年くらい前から打ち合わせなどで来日してきた州政府の知事やスタッフの方々は帝国ホテルにご宿泊されていたのです。

 そんな縁もあって、ケンタッキー州の方々にお礼を言うため、ケンタッキー州を訪れました。州政府の営業部長だったテッド・サウアーさんと仲良くなりました。わたしも名が哲也だったので、愛称として「テッド」と呼ばれていたので、彼とは距離が近くなりました(笑)

 米国滞在の際に彼から「うちに泊まりに来なよ」と誘われ、泊めていただいたのです。するとテッドは「歩いていける距離に、フランク・ロイド・ライトが設計した家がある。興味はありますか?」と言う。

 実際に見に行くと、ライトが設計した家は気品のある佇まいをしていたので、外観を見ただけで感動しました。しかしそれだけではありません。家の前に看板が立っており、そこには次のように書かれていたのです。

“This residence was designed by Mr. Frank Lloyd Wright. He also designed a famous Imperial Hotel in Tokyo, Guggenheim Museum in New York.(この邸宅はフランク・ロイド・ライト氏によって設計されました。彼は東京の有名な帝国ホテルやニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館を設計しました)”

 鳥肌が立ちました。グッゲンハイム美術館よりも前に帝国ホテルの名があったのですから。帝国ホテルに就職し、ホテルマンになって良かったと心の底から思えた瞬間でした。

 わたしは「セレンディピティ」という言葉を大切にしています。人との出会いや縁を大切にするという意味ですが、帝国ホテルの創業期も当時の人々のセレンディピティが紡いできたと言えるでしょう。ですから、帝国ホテルは誕生した時点からブランドであり、それを先人たちはしっかり理解し、帝国ホテルのブランドを希釈させず、毀損させない努力を続けてきたのです。

 わたしもこれを自らの使命として捉えてきました。わたしが取締役総合企画室長だった2000年、世の中はミレニアムという記念すべき年を迎えていましたが、景気はさほど良くはありませんでした。そしてその年、帝国ホテルは110周年を迎えたのです。

 厳しい環境下のときこそ、原点に返ることが重要だと思いました。帝国ホテルにする評価は「さすが帝国ホテル」か、「帝国ホテルともあろうものが」の2つしかありません。そうであるならば、全てのお客様に「さすが帝国ホテル」と言っていただこうということで運動を始めました。

「さすが帝国ホテル推進活動」――。これがその運動の名称です。それまでもサービス向上運動という形で取り組みはしてきたのですが、継続的に、永遠にできるサービス向上運動をやらなければいけない。そんな思いを込めて、この名称にしました。

 そして、「さすが帝国ホテル」と言われるための「帝国ホテル 行動基準」も策定しました。この一番の眼目は、お客様が我々に給料をくださっているということを、社員全員が一致して認識しなければならないということです。そのためには、いくつかの実行テーマがあります。

「挨拶」「清潔」「身だしなみ」「感謝」「気配り」「謙虚」「知識」「創意」、そして「挑戦」。これらの実行テーマについて、分かりやすい説明を書いた小冊子を全員に配り、月ごとに実行テーマを選んで重点的に取り組むなどしていきました。

 わたしどもの行動基準の中で「私たちは生活の基盤の全てをお客様に負っていることを認識し、お客様の感動を自らの感動とする者だけが、帝国ホテルスタッフとしての評価を受けられるのです。」という言葉があります。お客様から給料をいただいている、そのお客様にいかに喜んでいただくか。それが我々の仕事であり、それをもっと深く認識して日常のサービスをしましょうと。それが一番大事なのです。

「さすが帝国ホテル推進活動」では、お客様から指名されてお褒めいただくなどの従業員が年間に40~50名表彰されます。その中から投票で年間大賞を贈るようにもしました。表彰に値すると思う人を上長が選定し、部長会で審議します。表彰が決まると、社長自らが本人の職場に出向き、職場のギャラリーがいる中で、この人はこういうことをやって、お客様から「さすが」と評価されましたと講評します。ここがポイントです。

「あの人はこういうことやって表彰されるんだったら、わたしも今度やってみよう」。徐々にこういった気持ちが広がっていきました。これが組織の活性化や従業員のモチベーションアップにつながっていくのです。

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