2023-10-05

JFEがヒューリックを巻き込んで進める 「次世代サイエンス型」街づくり

西浦三郎・ヒューリック会長と2050年を想定した扇島地区のイメージ




南渡田エリアは第一歩となる開発

 この京浜地区では、扇島エリアだけでなく、池上エリア、水江エリア、扇町エリア、そして南渡田エリアの土地利用転換も控える。

 中でも、まず重要になるのが南渡田エリアの開発。前述のように、南渡田は、1912年(明治45年)の日本鋼管発祥の地。現在、南渡田エリアはJR貨物の操車場を挟んで北地区で約9ヘクタール、南地区で約42ヘクタールの計約51ヘクタールの土地を有する。

 川崎市は1996年の「川崎臨海部再編整備の基本方針」を打ち出して以降、長年にわたって、南渡田に「研究開発機能」の導入を検討してきた。

 22年8月には「南渡田地区拠点整備基本計画」が策定され、全体コンセプトを「グリーン社会やデジタル社会を実現する革新的なマテリアルを生み出す研究開発機構の集積」とする方針となった。

 このうち、南渡田北地区の北側、約5.7ヘクタールの開発が27年度の街びらきを目指して進行中。今回の約400ヘクタールに及ぶ土地利用転換の第一歩となる。

 この開発を担うのが、不動産デベロッパーのヒューリック。「研究開発は、今後日本が生き延びていくために頑張らなければいけない分野の1つ」と話すのは、ヒューリック会長の西浦三郎氏。ヒューリックにとっても研究施設を含む開発は初めての試み。なぜ、この決断に至ったのか。

 今、ヒューリックは事業ポートフォリオの組み換えを行っている。同社は都心の駅近でオフィスを開発、70%以上の物件を東京23区に保有している。だが今、西浦氏が危機感を抱くのは人口減少。

「人口が減ればオフィスに入る人が減る。ならばどうするかというと『範囲』を広げていくことが必要。今はよくても10年後、20年後の後輩達のことを考えるのが今の経営者の責任」と西浦氏。

 ヒューリックは将来性のある次世代アセットとして、データセンターや物流施設の開発を進めてきた。そして、今回のJFEの土地利用転換に関わることを契機に、新たに「研究施設」も開発対象に加えた。

 JFEはこれまで、開発パートナーを探してきたが、前出のJFE HD・岩山氏はヒューリックをパートナーに選定した理由について「JFE主体でお声がけして、審査させてもらった結果、コンセプトに合致した形。他の提案もあったが、マテリアルの研究開発という形で具体性も含めて、ヒューリックさんの評価が高かった」と話す。

 西浦氏は選定の理由について「自分達が言えることではない」としながら、要因として「入居候補の企業の名前も含めてご説明した。JFEさんとしても新しいものをつくっていく中で、リーシング(テナント誘致)の確度が高そうだという部分は評価されたのではないか」と分析。

 ヒューリックが意識したのが、研究開発拠点づくりだけでなく、そこで働く「人」。研究者の居住・宿泊施設の他、23時まで利用ができるスーパーなど人々が生活しやすくなるための施設も併せて提案した。

「今後、他の土地も転換される中で、多くの企業が入ってくるが、そこに働く人の『生活』があると、企業も入ってきやすい」と西浦氏。

 街びらきは27年度だが、次世代のマテリアル・素材開発の拠点づくりに向けて、すでにリーシングも始まっている。「素材系企業のラボ、研究施設を中心にお声がけしている。また大企業だけでなくスタートアップにも声がけし、オープンイノベーションが実現できる施設にしていこうと取り組んでいる。また名前はまだ言えないが大学の研究施設にも声がけしており、産学連携も実現する」(ヒューリック執行役員営業推進部部長の長塚嘉一氏)

 ヒューリックは3年ほど前から、これまでとは違う新たなアセットへの投資を検討してきた。人口減少に伴ってオフィス需要が減少することも視野に入れ、ポートフォリオの中におけるオフィスの割合も5割以下にしていくことも明らかにしている。

「新しいことをやっていかなくてはいけない。これまで『やらないこと』(海外、マンション、地方、大きなビル)も決めていたが、可能性のあるものについてはチャレンジしていかなければいけない。100%安全だけでは収益は稼げない」(西浦氏)

 ヒューリックは今回、南渡田エリアでの開発を担うが、今後提案が通れば、他のエリアでの開発参画にも意欲を見せる。また、様々な企業から、京浜地区への入居や自ら保有する土地の有効活用についての相談が舞い込んでいる。

 ただ、こうした相談の時に重要視するのは、やはり「立地」。南渡田エリアはJR川崎駅から約3キロ、羽田空港から約5キロ、JR浜川崎駅から徒歩3分という交通利便性の高い立地。「不動産は、最後は『場所』が非常に大きい。人の往来を考えた時、南渡田は海外とも結び付けられる。このエリアに入居希望があるのも、この立地が影響しているのだと思う」と西浦氏。

 今後も立地を重視した開発を進める。例えば、ヒューリックは銀座に40棟近いビルを保有しているが、この3年余のコロナ禍にあっても、賃料減額の交渉はゼロだったのだという。やはり立地がものを言うことの証明になっている。

 直近では8月31日に成田空港近くに大型物流施設を整備することを発表したばかり。これまでヒューリックは物流施設を国道16号線の内側に絞って開発してきたが、今回の成田は「成田空港に近い」という立地を重視した形。

 ライバル企業に打ち勝って、新たなアセットへの投資、開発を進める権利を得たわけだが、これを担う「人」が社内にいたことが大きい。「当社は社員約220人の〝中小企業〟だが優秀な人が揃っている。また、それでも足りなければ専門家を募集する」(西浦氏)

 1人当たり6億円の経常利益を叩き出すヒューリックだけに、マルチに対応できるスキルを持った人材が育っているということなのかもしれない。

「過去のことをやっているだけでは企業は成長しない。当社の合言葉は『変革とスピード』。変わっていくこと、それをスピード感を持ってやっていくことが大事。そして経営は先を読むことが必要」と西浦氏。

 JFEの高炉跡地の土地利用転換の先鞭を付けるヒューリックと組んだプロジェクトが、その「モデルケース」を見せることができるかに、関係者の視線は注がれている。

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