2024-02-06

日本病院会会長(相澤病院最高経営責任者)相澤孝夫「危機時には司令塔をつくり、情報を共有することが大事」

相澤孝夫・日本病院会会長(相澤病院最高経営責任者)

「医療制度を含め、この国の方向を決めていくためにどうしたらいいのかを考え直すときにきている」─。日本病院会会長で長野県松本市にある相澤病院の最高経営責任者・相澤孝夫氏の指摘。コロナ禍が落ち着き、当時の危機時が国民の間から忘れ去られようとしている。相澤氏はパンデミック(世界的大流行)のような危機時には司令塔を設置し、皆がその方針に沿って行動することが求められると提言。日本の医療制度や仕組み自体の変革を訴える。

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当時の危機感を忘れている

 ─ 全国2500を超える日本の病院の全ての経営主体を取りまとめる日本病院会の会長として、コロナ禍の約4年をどう総括しますか。

 相澤 医療に関して言えば、これまで解決していなかった日本の様々な問題点が表面に炙り出されました。国民の皆さんも医療界も政府も含めて、これらを何とか解決しなければいけないという危機感を共有するところまではいきました。

 しかし、日本人は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という民族。そのときの危機感を忘れつつあります。

 このまま放置しておけば、また何かをきっかけにして大きな問題が生ずるのではないかと危惧しています。コロナウイルスは完全に世の中から消滅しているわけではありませんし、次から次へと新しいウイルスが出て来る可能性もありますからね。

 ─ 医療の在り方として国と国の連携も指摘されました。

 相澤 そうですね。地球全体でどうするのか。アジア地域全体でどうするのか。あるいは各国でどうするのか。そういった広い視野で物事を考えていかなければなりません。今後、国境をまたいで人や動物はどんどん各国を行き来しますからね。

 そのためには情報の共有が欠かせません。新しいウイルスらしきものが出てきたら、すぐに諸外国にも連絡し、そこで治療した結果や患者さんの状況などについても皆で情報を共有する。ウイルスらしきものがどのような性質を持っており、治療経過はどのようなものであったのか。それが一番大事ではないかと思いますが、まだまだ国際的な情報の共有はなされていません。

 ─ 道半ばですね。

 相澤 日本でもそうですが、専門家は様々な意見を持っており、どうしても皆さんの意見は少しずつ違ってしまいます。それは他国でも同じなのでしょうけれども、日本は国としてどう考えて、どんな行動をするのかという決断が弱かったように思います。それは誰かが決めなければならないのです。


危機時に方針を決断する司令塔

 ─ 決めるのは政治家ですか、行政ですか。

 相澤 誰がやっても良いと思いますが、そういった司令塔がなかったことが課題です。その意味では、誰がやるかということよりも、司令塔をつくり、その司令塔が提言したことは国民皆で守っていく。本来であれば、そういったことをしなければならなかったのですが、それぞれの専門家が言いたいことを言ってしまったために、国民も何が本当なのかが判らなくなってしまったように思います。

 司令塔を設置し、その司令塔が得た情報を国民が知ること自体は拒否すべきではなく、皆が同じ情報を共有した方が良いということです。その際に専門家からいろいろ意見を聞いた結果、こういった方針で取り組みますと宣言すると。「ここが一番大事なところになりますので、これは是非しっかりと守って欲しい」と情報を発信するのです。

 例えばワクチンにしても、どう打ったらいいのか。そういうことも司令塔が決めていくべきでしょう。総理大臣が責任を持ってそれをやるということであれば、それでも結構ですし、危機時だけ臨時の組織を設けても良いでしょう。平時からそういう部署をしっかりと作っておくことが大切なことなのです。

 ─ まさに危機管理につながる話ですね。

 相澤 はい。そのことに関しては、その組織なり責任者が全てを判断し、国民もその組織や責任者が決めた方針に沿っていくことが極めて大事です。有事というのは、どう考えても統率が必要なのです。それがなければうまくいくはずがありません。残念ながらコロナ禍では、この国にはその機能がなかった。

 ─ それを踏まえて政府も「内閣感染症危機管理統括庁」を設置しました。

 相澤 この流れは評価できると思いますが、この組織がどのような権限を持って、有事にどんなことを決めるのかといった詳細までは、まだ明確ではないような気がします。単なる政府の一部門であれば、それなりの権限しかありません。そのときは、最終判断は誰がするのかという点も気になるところです。

 ただ、専門家ではない人が判断するよりは、ある程度、専門知識を持っている人がきちんと判断した方が良いと思いますね。一番危険なのは、皆が責任を取らずに勝手な思い込みなどで行動することです。パンデミックは完全に有事です。そのときは誰かがトップに立って統括しなければならないのです。

 それでその判断が間違っていたら、その人が「私が間違っていました」と言って方針を改めれば良いのです。結局、責任が明確になっていないからコロナ禍でも誰が責任を取ったのか、全く明確でないままにズルズルときてしまったわけですからね。

 ─ 約100年前、内務大臣兼帝都復興院総裁を務めた後藤新平の例が過去にありました。1894年に起きた日清戦争が終結し、コレラやチフスが大流行していた中国大陸からの帰還兵約23万人を検疫する難題に直面しましたが、彼は広島県など3カ所に大規模検疫所を短期間で建設し、感染者を隔離して国内への拡大を未然に防いだことがありましたね。

 相澤 ええ。しかし戦後、日本は自由や民主主義という響きの良い言葉に踊らされ、自由と民主主義の裏側にある一番大切なものを忘れてしまったような気がします。それは戦時中の反省もあって、そうなってしまったのだろうと思いますが、特に平時は皆で意見を自由に交わすことができるわけですが、有事のときの危機管理までは議論できずにいたわけです。それでは国が持たないことが判ったと。

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