医療現場における働き方改革
─ そういった中で2024年は医療現場では働き方改革の規制が始まります。
上妻 そうですね。勤務医の残業時間が長くなっていることに加え、若い医師の不足という課題があります。この遠因には給与の問題があって、大学病院で学ぶ大学院生には給与が払われていないという現実もあります。彼らにとっては外でのアルバイトが重要になるのです。しかし、それらの収入を合計しても世の中の普通の病院の勤務医と比べても報酬は低い。
このアルバイトの時間をどのように扱っていくかが重要です。中には当直を担うケースもあります。しかも、地域医療の当直をやったときに、それを労働時間にカウントされると、それも残業時間に加わってくるので、あっという間にものすごい残業時間になってしまいます。一般的に当直時間だけで、時間外労働は毎月100時間を遥かに超えてしまう状況にあるのです。
─ これなくして医療は成り立たないわけですね。
上妻 そういう地域がたくさんあります。20万人の都市で当直がいなければ、その地域の医療は成り立たなくなると言われていますからね。ですから、今は「寝ている」という扱いの「宿日直許可」というものを各病院はとっています。労働時間に入れないようにするために、実際には寝ていませんが、寝ている当直という扱いの宿日直許可という制度をとっているのです。
ですから医療現場はかなりギリギリの状態にあります。しかし、そのような窮余の策を取らなければ勤務時間の問題に引っかかってしまうからです。そして、宿日直許可も寝ている普通の労働ではないという扱いをされますので、翌日も普通に勤務をするのです。本人は大変です。もともと医療業界はそういった慣習で成り立っていたのです。
当直でずっと日勤をし、その後に当直をして、それでずっと大変だった場合でも、翌日も普通の勤務をすると。連続36時間勤務も当たり前だったわけです。もちろん、途中で仮眠をする時間もありますが、急患で呼ばれてしまえば処置に当たらなければなりません。そもそも労働の形態として本来はおかしかった。
─ そこにメスが入ることなくズルズルと来たのですね。
上妻 はい。それで長年、日本の医療界は続いてきたのです。しかしそこに今回、働き方改革という名前でメスを入れることになったわけです。しかし実態は宿日直許可という形で、それをカウントしないという形になってしまうことが多くなっていて、結局は根本的な問題は解決されないのではないだろうかと。
ただ、働き方改革をやらないと、地域の救急が破綻してしまうというところもたくさんあることも事実でしょうね。結局は、それが嫌になって勤務医を辞めて、どんどん開業していく医師が増えているのです。ですから、病院を集約化するというのも、ある意味で正しいと思います。
─ この旗振り役は誰が務めればよいのでしょうか。
上妻 行政ではないでしょうか。行政がきちんと規制をして病院の集約化に向けた方向性を示す必要があると思います。
救急現場や医療費の在り方は?
─ もちろん、国民も医療の実態に向き合うべきですね。
上妻 国民にある程度分かってもらうことが重要です。救急にしても、対応できない地域がたくさんあるという現実を理解してもらって、仮に持病があって救急にかからなければいけない患者様も医療過疎の地域には住まないようにしていただくと。
私が理事長を務める日本心血管インターベンション治療学会でもそういった情報をプレス向けに発信したりしています。ただ、働き方改革は以前からアナウンスしており、その対策ができていないのは病院側の責任だという反論があるのも事実です。しかし、これは現実として知っていただかないといけません。
おそらく今年4月から働き方改革が実施されても、実際には実行できず、なし崩し的な感じで宿日直許可と同じような仕組みでスタートするのではないかと思います。何年かかけて実行するようにと言われてきましたが、なかなかうまく実行できないというのが現実なのです。
実際に働き方改革を実行したら今の医療現場が破綻する、崩れてしまうという可能性は十分にあるのではないかと思います。そのことに気づいている人があまりにも少ないことが問題です。
─ 危機意識の共有が国家的な課題となりますね。
上妻 そうですね。特に救急の現場は大変です。24時間体制で心臓や脳といった難しい領域の治療にも当たらなければなりませんからね。日中の医療で対応できる診療科の当直については、確かに宿日直許可でも良いとは思いますが、救急現場をどうするかも大きな課題です。
医療費を考えてみても、まずは国民の命を守るための医療にしっかりと重点を置くことが大事です。抗がん剤も命を守る大事なもので、有効性が高いものは大事だと思いますが、何カ月かの延命に何千万円という医療費がかかったりもします。医療費の費用対効果をしっかりと科学的に分析した上で、医療費のあるべき姿を考えなければなりません。何事もバランスが大事なのです。