2024-05-14

YKK社長・大谷裕明の「いかなる時も原点回帰、『善の巡環』思想で」

大谷裕明・YKK社長




要は、その国の内需をいかに掘り起こすか

 世界は今、米中対立、ロシアのウクライナ侵攻、米国では自国第一主義の高まりとギクシャクとした状況が続く。こうした状況にあって、グローバル経営のカジ取りをどう進めるべきか─。

「米国は、前大統領の時に、関税をどの中国製品にもかけましたからね。そうすると、輸出産業は、脱中国になっていきますから、全体の需要は少なくなりますね」

 全体の傾向について、大谷氏はこうした見方を示しながらも、「でも、内需という所に目を向けると、新規顧客を増やすことができる」と語る。

「われわれがいろいろなファスナーをつくっている競合他社とうまく競合していけば、YKKを使ってみようかというお客様が今増えていましてね。全体需要は中国は下がっているんですが、新規客は増えているんです」

 2023年度も増収増益を達成したが、これも中国やインド、バングラデシュ、パキスタンを始めとするISAMEA(インド・南アジア・中東・アフリカ地域)という地域に依る所が大きい。中国とISAMEA、この2つは本来厳しい地域のはずだが、「新規顧客を増やす」という視点で見れば、別の視野が開けてくる。

「そうですね。中国は今、世界で2番目に人口の多い国。1番がインド。オーダーがショートしないのは内需があるからなんですよ。加工輸出自体は、非常に動くんです。だから、内需を押さえることが大事」

 内需を押さえる─。その国や地域に融け込むに至るには、それ相応の努力が要求される。

 YKKは、わが国でグローバル経営の先陣を切った企業の1つ。しょう油のキッコーマン、ゲーム・エレクトロニクスのソニーと並んで1960年代、1970年代のグローバル化黎明期に海外進出を果たした。

 3社とも、それぞれの領域で世界の評価を得て、存在感・ブランド力を獲得、維持し続けている。

 なぜ、ファスナー加工・輸出でYKKが優位性を保ち続けてこられたのか?

「地産地消の時代に、わたしたちは米国とか欧州へ1960年代、70年代に進出していきました。その時に米国、あるいは欧州の最終の小売りの人たちやブランドホルダーの支持を得たわけです」と大谷氏。

 最初の進出先である米国や欧州各国との間で築き上げた信用と信頼。その後、縫製工場を米国や欧州から中国やアジア各国に移転する際、取引先が「YKK製品を使ってくれ」と縫製メーカーに取り次いでくれた。そのことが、「われわれのアジアでの成長につながった」と大谷氏は感謝する。


正々堂々と競い合うことが大事

 競争相手とは、「いい意味で正々堂々と競い合うことが大事。そのことが結果的には最終ユーザーにとっていい回転になるはずです」という考え方を大谷氏は示す。

『競合』という言葉の持つ意味を大谷氏は改めて強調。

「競争という言い方はあまりしないです。競合、競い合いですね。相手にダメージを与える、潰すという理念でコンペティションするのではなく、競い合う。どちらがいい企業価値をお客様に提供できるのか。最終的にはお客様に選んでもらう。正々堂々と競合をするというのも、『善の巡環』の基本的な理念です」。


世界は今、大きく変わろうとしている!

 今、日本ではデフレからの完全脱却を図り、賃金と適正物価の好循環を実現しようという考えが広がっている。現に、ロシアのウクライナ侵攻などで原材料・エネルギー価格が上昇、世界的にインフレ圧力が根強い。原材料コストと製品価格の関係をどう捉えていくべきか─。

「お客様にとって、製品の値上げ、あるいは価格調整が正当なものであるかどうか、それに尽きますよね。わたしどもは基本的に3つの材料を使っています。金属、ポリエステル、プラスチックとあって、(コストの中で)原材料の構成比率が高いのが金属ファスナーです。どの程度までだったら、お客様と会話できるのか」

 大谷氏は顧客との対話も、「全部、ワン・トゥ・ワンなんですよ」と個別対応していると言い、「一律に仕様価格表をドーンと上げることはやっていないです」と話す。

 取引量は相手によって違い、それこそ取引は千差万別。「来年は何割かオーダーを増やしたい。量でカバーするから、ちょっと(納入価格を)据え置いてくれとか、いろいろ切った張ったの世界があります。それに一方的な値上げはできないです」

 原材料価格の話し合いは今も、侃侃諤諤(かんかんがくがく)と双方で続く。

 時代はまさに今、大きく変わろうとしている。環境への意識の高まり、SDGs(国連が定める持続可能な開発目標)に関する認識も深まり、欧州議会とEU(欧州連合)加盟国は昨年末、売れ残った衣料品の廃棄を禁止する政策を打ち出した。法令化は、早ければ2024年度内といわれ、衣類・繊維や流通産業は大きな影響を受けるものとみられている。

「はい、今は適時、適材、適量が求められる時代」

 大谷氏は現状をこう認識し、「モノを提供する段階においては、とにかく売れるものを素早く見極めて、それしか供給しないと。そういう時代になってきた」と語る。

本誌主幹 村田博文

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