「適時、適材、適量」の時代
新しい産業のあり方が、〝適時、適材、適量〟をキーワードに追求される時代になったという認識を示す大谷氏。
世界では現在、年間約9000万トンの衣類が廃棄されているといわれる。年間消費量にほぼ匹敵する数字で、これは大変無駄なことをやっていると言えないだろうか。
「そういうようなことをしないと、アパレル産業は成り立たなかったという面もあるんです。消費地が欧米なのに、モノをつくっているのは中国やアジア。何が売れるか分からない半年先、数カ月先を見越してモノを発注するという大きなリスクをこれまで抱えてきました。そうすると、量的にたくさん発注するからということで、購入コストを抑制する。半分廃棄したとしても、企業として成り立つということにするには、安く買う。本当に売れなかったものが出てくるんだけれども、それが売れなかったとしても、事業として成り立つ。そういう構図になっていたと思うんです」
しかし、時代は変わり、われわれを取り巻く環境も変化した。ファストファッションの分野では、そうした構図にメスを入れ始め、本当に売れるものしか扱わなくなってきている。
「ええ、本当に売れるものしか、ソーシングサイクルを短くして、それがスーパーファストファッションというような時代にこれからなるはずなので」
これから、消費の面でも主役を担うとされるZ世代(1990年代半ばから2010年前後に誕生)。バブル経済崩壊後に生を享けたZ世代は、消費行動も冷静で賢い世代といわれる。
「本当にいいもの、コストパフォーマンスのいいものを買ったら、大切に使う。これは衣料品に限ったことではないと思います。そういう世代が、これからの日本をリードしていく」
Z世代を引き合いに、大谷氏は、時代は〝適時、適材、適量〟の方向に向かうと予測する。
守るべきものと、変革しなくてはならないもの
何より大事なことは、グローバル世界にどう迅速に対応していくかということ。YKKグループは、ファスニング事業(67社、社員約2万6700人)とAP(建材)事業(24社、1万7140人強)と、その他(不動産、印刷、農牧など、17社、約700人)で構成。
業績は、ファスニング事業が売上高3805億円、営業利益437億円。AP事業が5086億円、営業利益178億円(いずれも2023年3月期)。祖業のファスニングはグローバル化が進み、数量的に日本の比率は5%を切る。ほとんどの製品を海外で売っているというのが現状。
「わたしが東京にいるのは月の3分の1位。あとの3分の1は黒部(富山)で、残りの3分の1は海外という年間スケジュールです」
創業者・吉田忠雄の故郷は富山県。その富山県黒部市に商品開発拠点がある。「門外不出なのは機械の設計図。これだけは絶対にコピーさせないとバリアを張っています」と大谷氏。
守るべきものと、変革していかなくてはならないものとが同居する時代。世界には分断・分裂の流れが見られる中、肝腎の米国をどう捉えるのか?
「米国は、わたしどものモノづくりからすると、少ないウエイトしか占めていなくて、二次製品や縫製品が消費される一大消費地だということ。かつて1980年代、90年代には米国はファスニングの大きな生産量を誇っていましたが、今、数量的には8割以上がアジア、中国です。縫製品の生産体系はそう変化してきた」
売れ残り衣料の廃棄を禁止することが完全法令化された時、一大生産地のアジア・中国のソーシング(資源調達)はどうなるのか─に関心を持っていると大谷氏。
欧州はもっと縫製のサイクルを短くするのか、あるいはより消費地に近い所にオーダーを出すようになるのか?
「ところが、米国にはそういう基地が周辺にないんです。それを一度つくり直すのか、あるいは欧州の法案を米国には適用させないのか? それはまだちょっと読めていないですね」
自然環境を保護するために、モノづくりはどうあるべきか、欧米は同じ動きをするのか、日本はどう動くのかetc…。世界の環境が大きく変わる中、あるべき姿を追い求めていくには、『善の巡環』という考え方に沿って対応していきたいと言う大谷氏である。