2021-01-15

松井証券・和里田聰社長「対面証券とネット証券の境目はなくなっていく」

和里田聰・松井証券社長


本当の意味での顧客本位が問われる


 ── 松井証券も新たなステージに入ったわけですが、社内にはどういうメッセージを発信していますか。

 和里田 松井社長時代は、オーナー経営者でカリスマ性もある人ですから、彼が「やろう」というものは、そのままやるケースが多かったですね。スピード感が求められる局面では非常によかったですが、あまりにも強い存在でもありましたから、再現性のある仕組みをつくるのが少し難しい面がありました。

 ですから組織として持続性のある、再現性のある仕組みをつくる必要がありました。組織はスタープレーヤーに依存するよりは、共通の理念、目標を共有化し、それをベースに動く方が足腰は強いと思います。それによって参画意識を持つことができればコミットメントが高まります。

 そこで組織や評価制度を変え、それぞれのレイヤーごとの責任や役割を明確化し、デリゲーション(人に仕事を任せる)を進めています。

 企業理念の達成のために経営方針があり、経営方針を実現するために組織がある。社長就任直後から理念・方針・目標を共有化して、各部門が参加して経営計画を策定するような仕組みづくりをしています。

 ── 他のネット証券会社などは手数料無料化に向けて動いています。この状況をどう捉えていますか。

 和里田 今の動きは19年11月の米国のネット証券会社の無料化に端を発していますが、米国と日本では収益構造が違いますから、すぐには難しいのではないかと見ています。手数料を引き下げる動きは今後も続くと思いますが、これで投資家の裾野が広がるわけではありません。

 そうすると結局は業界の収益のパイを減らすことになってしまうのだと思います。各社とも無料化を念頭におきつつ、他社の動きを注視している状況です。

 いずれにせよ、収益構造の見直しが必要です。特に我々は前社長の方針の下、日本株のブローキングにリソースを特化させてきましたから、今までリソースを割いてこなかったFX、投資信託などをより強化することで収益の多様化、多角化を進めていきます。

 ── 日本では資産形成が大きな課題ですが、20代、30代の若い世代の需要はどう開拓していきますか。

 和里田 難しい課題です。コロナ禍で新規口座開設が増え、確かに若い世代も入ってきましたが、他の年代も同様に増えており、全体の割合は変わっていないんです。

 また、りそな銀行に公的資金が注入された03年、郵政解散の05年、アベノミクスの13年では、株価が上昇する期待感でお客様が一気に増えたことがありましたが、それは一時的効果でしかなく、日本の個人全体の投資に対する態度が変容することはありませんでした。

 ── この理由は何だと考えていますか。

 和里田 やはり成功体験がないからだと思います。米国ではリーマンショックで相場は一時的に大きく下げましたが、長期で見れば基本的に右肩上がりです。日本市場は成功体験がないので、投資リターンへの期待値よりも、損をすることの恐怖の方が上回っている状態です。

 企業が何で評価されるかというと社会的課題、お客様の課題を解決することです。今、個人投資家の裾野が拡大せず、金融資産の多くが預金にあるというのは、我々がソリューションを提供できていないからです。ネット証券の登場で利便性が向上しましたが、それは投資リターンとは別問題です。

 若い人がリスクを取れないのは自分のキャリアを含め、将来不安があるからです。希望を持てるようにするには、やはりGDP(国内総生産)が増える、国が成長することが必要です。

 米国は投資教育が充実しているわけではなく、やはり成功体験があるからだと思います。GDPも時価総額も増大しているから投資家の多くで利益が出ている。

 ── 日本人が成功体験を持つためには何が必要だと考えますか。

 和里田 裾野を拡大するには資産形成に潜在的なニーズのある層に対して、丁寧に、地道に説明していくことが重要だと考えています。また、経済成長率の低い日本の資産ばかりに目を向けるのではなく、幅広い資産へも目を向けること。これは1社だけでなく金融機関全社がやるべきことだと思います。

「老後2000万円問題」でわかったように、皆さん課題は認識しています。ただ、資産形成の必要性は理解しても、最初から難しい問題を与えられてはやる気が起きません。何か、投資すること自体が楽しいと思えるような仕掛けが必要です。

 そこでは投資は面倒くさい、難しいということが課題であり、手数料は課題ではありません。この課題解決を、オンラインサービスの中でどう手掛けていくか。本当の意味での顧客本位の姿勢が問われると考えています。

顧客視点で理念を再構築


 ── ところで和里田さんは大学を卒業してP&Gに入っていますが学んだことは?

 和里田 経営管理本部に所属していましたが、辞めて他社の状況を知ると、P&Gの収益管理など経営管理がいかに進んでいたかを再認識しました。

 例えば、P&Gでは在庫管理の最小単位である「SKU」(stock keeping unit)単位まで粒度の細かい収益管理をしていましたので、経営上の課題の洗い出しとその対策が迅速且つ適切でした。日本企業では、そこまで粒度の細かい収益管理を採用している企業は少ないと思います。

 また、「カスタマー・イズ・ボス」という、全てを顧客視点で考える姿勢が徹底していましたし、再現性のある仕組み、組織を作る人が評価される文化がありました。先程申し上げたように理念や文化をベースに持った企業は強いわけですが、P&Gはそれが徹底されている会社です。

 ── 理念の重要性を肌身で感じてきたわけですね。

 和里田 ええ。ですから19年に「次世代の松井証券を創るためのプロジェクトチーム」が立ち上がった際に、まずは企業理念の再構築を進めてもらいました。その柱は全て顧客視点で物事を考え、お客様に価値を提供することです。それを改めて明確にして、会社として一体になって行動できるようにしていきたいと思います。

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