幅を持つためには基軸が必要
─ 若者の自殺が増えるなど、近年「心」の問題が言われます。諸外国には宗教という軸がありますが、日本はどう考えるべきだと思いますか。
河北 私は宗教観がないのが自分の1つの課題だと思っています。欧米の多くの国はキリスト教という軸があり、その中でもカトリックとプロテスタントとで、また違ってくる。彼らの考え方と、日本人のように「八百万の神」で進んできた国とでは、全く違うと思います。
─ 日本は仏教もキリスト教も受け入れてきていますね。学校でも宗教教育を軸に立派な教育をしているところは多くあります。
河北 日本社会は、あまりにも宗教色を薄めてしまっていると思います。本来は人間の心の柱をつくるという意味で、とても大切なものだと思います。
一方で、日本は戦後、サイエンスとテクノロジーで国をつくってきました。そこに合う言葉は「right」(正しい)と「wrong」(間違っている)で、0か1かの話です。良い悪いは「good」、「bad」ではないんです。rightとwrongは正解である、誤っているということですが、goodとbadは好ましいか好ましくないという意味で曖昧なんです。
私はサイエンス、テクノロジーは正しいと思って生きてきましたが、振り返ると極めて数学的な頭だったと思います。ところが、留学していた米国から帰国して考えたのはgoodとbadのことです。好ましいか、好ましくないかということはバランスで、幅が動くんです。
─ 許容度も大事だと思い至ったということですね。
河北 ええ。ものすごく右、ものすごく左はありえない。ということは、右でも左でも、どこで止めるか、幅を持たせているわけです。ただし、幅を持つためには基軸がなくてはいけません。
─ 河北さんの中での基軸は何ですか。
河北 私は3つ決めています。1番目にフェアであるか、2番目にリーズナブルであるか、3番目にシンプルであるかです。正解か誤りかではなく、常にそういう幅を持って物事を考える。おそらく、宗教観というのはgoodとbadに近いのだろうと思うんです。
フェアは「公正」であり「公平」ではありません。リーズナブルは理に叶っている、あるいは多くの人が賛同できるものですが、同質性とは違います。そしてシンプルというのはわかりやすさです。
─ フェア、リーズナブル、シンプル、この3つの基軸はどの国でも通じるものではないでしょうか。
河北 私はそう思っています。
─ 一方で、今のロシアや中国のように専制主義の国が出ているという問題もあります。
河北 我々はロシアや中国のような専制主義ではなく、デモクラシー、できるかぎりオープンに様々なことを議論する体制を維持すべきだと思うんです。
先程お話した「曖昧」や「幅がある」ということと同じで、完全に勝つということはあり得ません。違う意見も取り入れていくことが必要ですから。このことは寛容、譲るという精神につながっていくと思います。