2024-02-14

塩野義製薬会長兼社長CEO・手代木功「医薬品の全原料を国内で製造できるかどうか。この国家的課題に取り組んでいきたい」

手代木 功・塩野義製薬会長兼社長CEO



医薬品を巡る経済安全保障

 ─ 医薬品を巡っては経済安全保障という観点でも、その重要性が指摘されました。

 手代木 その通りです。医薬品の元となる全原料を国内で製造できるかどうかという問題です。これは医薬品以外でもワクチンでも同じことが言えます。これらの原料のほとんどは海外に依存しているのです。ですから、日本の医薬品のサプライチェーン(供給網)は非常に脆弱と言えます。

 そこで、もし薬の原料が国内に入ってこなくなったらどうするのか。そういった危機に備えて、我々は日本の皆様が生きていく上で最も重要でエッセンシャル(必要不可欠)な薬とは何かを洗い出しています。

 ─ 危機管理を平時から行っておくわけですね。

 手代木 ええ。そのエッセンシャルな薬の中で、頑張れば最初から最後まで日本で造れるのか、頑張っても造れないのかを見極め、抗生物質であれば年間使用量の3分の1くらいなら何とか造れるようにしておこうと。そして、何かあったときには、少なくとも4~5カ月分は国内でもゼロから薬をつくれる能力を持っておくことが必要ではないかと考えています。

 ここまで円安になってくると、海外からの原料の価格もそれなりに上がっていますし、日本の物価上昇と各国の物価上昇のレベルも全然違います。輸入元として多い中国やインドでも現地の物価は上がっていますから単価も上がります。単価が上がったものを輸入しようとすれば、円安で更に上がるわけです。それであれば、モノによっては日本でゼロから造っても国際競争力があるかもしれません。

 もっと言えば、過去の円高時に地産地消をやめて国外に製造拠点を移転させ、日本の製造業を空洞化させてしまったという一番弱いところを突かれている可能性もあります。もう一度、初心に戻り、本当に製造業は日本ではコストが高いのかどうかということを考え直しても良いのではないかと思います。


社会保障改革のロードマップを

 ─ 医薬品を輸出産業化するとも言えますね。

 手代木 はい。日本の医薬品の品質は高いわけです。原料の入手からサプライチェーン全体をこの国で完結することができれば、完成品を輸出していくことも可能でしょう。国の経済安全保障や社会保障制度の持続性、国が富むという観点で言えば、外貨を稼ぎ、その儲けを含めて国に税金として納めさせていただくことは正しいわけですからね。

 ─ 日本の経済再生にも寄与する話ですね。一方で、社会保障制度をどうすべきかという国家的な課題もある中で薬価の在り方も議論されています。

 手代木 まずは概念論が大事だと思っています。国民皆保険が制度としてどうあるべきかということです。これまで通りでは将来立ち行かなくなることを国民は、うすうす認識しているのではないでしょうか。このままの制度で続けていくことは難しいと。そうであれば、まずはロードマップを国には示して欲しいと思います。

 なぜなら、国民には国民それぞれの人生における計画があるからです。5年後にこんなことが起こる、10年後にはあんなことが起こるという計画です。ですから、ロードマップがあれば安心できます。今年突然に「こんなことをします」と言われても困ってしまいますからね。

 ロードマップを示していただきながら、そのゴールとしては、この国を私たちの子どもや孫に胸を張って、いい国にいるでしょうと言えるような国にすることです。世界の中でこれだけ尊敬され、競争力もあって、もっと伸びる余地のある国になったねと。

 一方で今の若い人たちには何となく、あと先を考えず、今この瞬間だけを充実させて生きようとする刹那性を感じます。その背景には、中長期的な視点で若い人たちが夢を持って、この国で頑張っていきたいという希望を持てないということがあると思います。明日は更に良くなるということに対して、なかなか夢を持てないのかもしれません。

 ─ 大きな意味で言えば、政官学財それぞれがそういったことを考えて連携していかなければなりませんね。その中で企業としては、どのような立ち位置で今後に臨みますか。

 手代木 当社では、とにかく提案には物語、「ストーリー」が大事だということを従業員に言い続けています。つまり、提案者本人が話として、なぜこれをやらなければいけないのか。これをやることの意味は何なのか。何を目指しているのかということを、仮に素人の方が聞いても「その話は面白いよね」という反応をするようなストーリーが語れない提案では経営会議に通らないのです。

 一方で、ストーリーが良くて経営会議を通過した提案については記録を残すだけにし、稟議書はなくしました。稟議書は2年前から廃止したのですが、その理由は1億円以上の決裁には稟議書が必要だけど、9900万円の決裁は不要、というような画一的な観点で稟議書の有無を図るのはおかしい、という考えからです。

 誰が考えても同じ結論になるようなものは金額の大小にかかわらず、組織長で決裁すれば良く、記録だけをとっておけば済む話だろうということで、この運用を始めました。もちろんこれは、言われた側からすれば怖い話です。会社にとって、それぞれの提案がどんな意味を持つかをしっかり考えることが求められ、決裁されなければ実行することはできないからです。


見られている「緊張感」と見てもらっている「幸せ」

 ─ 全体を俯瞰して物事を考えるようになりますね。

 手代木 そうです。その代わり、実行したことについての結果だけは、透明性を持ってトレースできるようにしています。当社では「T&T(Transparency=透明性とTraceability=追跡可能性)」と呼んでいます。この2つさえあれば、権限は全て移譲すると言っているのです。

 ─ 当事者意識を呼び起こすということになります。

 手代木 おっしゃる通りです。私はこれを人事としての「ガイディング・プリンシプル」の実践と位置付けています。何を大切にしながら我々のミッションを達成していくかという行動の判断基準を設けたわけです。社員は自分の行動が見られているという「緊張感」と、見てもらっているという「幸せ」を感じることができます。そもそも人間は、この2つを感じながら生きるべきだと思うのです。見てもらっているという感覚は、やはり幸せにつながります。

 また、見守る方もその人に対して愛がないと見ません。見てもらえているからこそ人間は緊張し、しっかりとした行動をとることができると思うのです。ですから、人事の要諦は何かというと、もちろん愛なのですが、見られている緊張感と見てもらっている幸せを感じたときに、人間は真っすぐになるのではないかと思います。

 ─ そのバランスが大事だということですね。

 手代木 はい。それはストーリーと同じです。社員一人ひとりにエンパシー(共感)を感じてもらい、シンパシー(感情の共有)を感じてもらい、レスポンシビリティ(業務遂行責任)を持ってもらうことが大事です。これをどう従業員一人ひとりに持っていただくかです。

 そのためには、会社としてのミッションやプランがなければ理解されません。まだまだ当社がそれをできているとは言えませんが、方向性としては、それを全ての従業員に理解してもらって、お客様などと話をするときに「やはりこの会社は違うな」と言われるような人になっていただく必要があります。

 そこから次のビジネス、あるいは次の次のビジネスにつながっていくのではないでしょうか。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事