2024-03-07

田中秀明・明治大学大学院教授「今の社会保険制度は働き方改革を阻害し、正規・非正規の差別を生んでいる」

田中秀明・明治大学大学院教授



高度経済成長期の仕組みが温存されて…

 ─ 近年、働き方改革などで女性や高齢者の労働参加も進めてきましたが、不十分だと。

 田中 働き方改革は重要ですが、制度が追いついていません。今の社会保障や税などの社会システムには、働き方を阻害しているものが多い。典型的なのが、パート労働者の年収106万円を超えると社会保険料の負担が増えるという「年収の壁」です。

 政府は、今般、手取りが減らないように保険料の負担増を補うために助成金を出すことを決めましが、その財源は我々が支払った雇用保険料なので、目的外利用も甚だしい。

 パート労働者の中には、いろいろな事情を抱えている人達もいますが、夫等がいて、フルタイムで働く必要がないという相対的には豊かな人達もいます。比喩的に言えば、この人たちを年収200~300万円の人たちが支払った雇用保険料で助けるという、全くの小手先かつ不公平な仕組みです。

 これは一例ですが、日本の働き方を阻害している大きな問題の一つは社会保険制度です。今の社会保険制度は、高度成長期の「男性片働き」を前提としています。だから「年収の壁」問題がありますし、年金の第3号被保険者も同様です。専業主婦は保険料を負担しなくても、基礎年金がもらえます。

 高度成長期にも非正規の人たちはいましたが、主婦のパートや学生のアルバイトでした。今やそれは変わり、被用者の約4割は非正規になっています。正規・非正規、常勤・非常勤など個人の選択によって多様な働き方があってよいのですが、保険制度では非正規を十分にカバーできません。また、保険料は、低所得者ほど所得に対する負担割合が高くなる「逆進性」が強いため、非正規には過酷です。

 政府は、短時間労働者に厚生年金と健康保険の適用を拡大していますが非常に大きな問題だと思っています。厚生年金に入ると、国民年金より安い保険料負担で基礎年金プラス報酬比例部分がもらえます。同じ公的年金制度であるにもかかわらず、非常に不公平であり、給付増は誰かが負担することになります。

 国民全てが同じ制度に入っていれば、対象を拡大するのは正しい政策だと思いますが、実際は違います、昔の国民年金の加入者は自営業者が中心でしたが、今やそれはマイノリティで、非正規などの被用者が中心です。

 ─ かつてとは事情が違ってきているということですね。

 田中 そうです。社会保険制度は働き方を阻害するとともに、正規・非正規で差別している。統計上、自営業者の数は減っていますが、今は「ギグワーカー」(インターネットのプラットフォームを介して単発の仕事を請け負う働き方をする人たち)など、様々なプロフェッショナルな自営業者が出てきています。

 個人でイノベーションを起こす人たちですから、ないがしろにはできません。リスクを取る人たちへのセーフティネットは重要です。正規であれ、非正規であれ、いろいろな働き方に対して制度は中立であるべきです。

 ─ 制度を根本から見直す時だと。

 田中 日本経済再生のためには社会保険制度を見直す必要があります。弱者のためだけではありません。問題は、改革には痛みを伴うので、政治は動かないことです。

 多くの国で非正規は増えていますが、社会保険制度を基盤とする国ほど問題に直面しています。具体的には、ドイツ、フランス、オランダなどです。制度はいったん導入すると、日本が典型的なように変えることが難しいのですが、唯一、オランダは抜本的に改革しました。

 どうしたかというと、年金・介護・医療は、制度の建前は保険ですが、社会保険料を、実質的には社会保障目的の所得税に変えたのです。所得税は保険料と異なり能力に応じて負担します。失業で所得がなくなり税を負担しなくても給付は保障されます。また、主婦を含めて個人負担に変えたので、扶養という仕組みがなくなりました。低所得者の社会保障目的税の負担を緩和するため、税額控除を導入しました。日本では、高所得者ほど有利な所得控除が中心ですが、オランダは、これを全て税額控除(算定した税から一定額を控除するもの)に変えました。

 ─ 根本の思想を変えたわけですね。

 田中 そうです。一方、雇用保険と労災保険の保険料は正規・非正規に関わらず、全て雇用主が負担するように改革しました。これも正規・非正規で差別がないようにする仕組みです。

 どの国でも、労働市場は変化し、グローバリゼーションで国際競争が激しくなっています。そうした中で、イノベーションを起こす人たちはもちろん必要ですが、それだけではなく、低中所得者がスキルを身に付けて、働かないと経済は成長しません。

 日本は、保険制度がその一つの障害になっています。また、政府は「リスキリング」と言っていますが、それにかけているお金は対GDP(国内総生産)比で先進国の3分の1、5分の1しかありません。

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