2024-03-07

田中秀明・明治大学大学院教授「今の社会保険制度は働き方改革を阻害し、正規・非正規の差別を生んでいる」

田中秀明・明治大学大学院教授




今の少子化対策は選挙のための「バラまき」

 ─ 日本では成長産業への労働移動など、雇用の流動性が低いと言われています。

 田中 例えばスウェーデンではリーマンショックでも、コロナ禍でも、経済が傾くと企業は倒産します。政府は、日本のように企業を助けません。産業のリストラクチャリングが遅れるからです。

 その代わり失業者を助けます。政府は、失業者に対して職業訓練を提供し、彼らが新しいスキルを身に着けて、生産性の高い企業に移るようにお金を使う。雇用訓練に対GDP比で日本の5倍ほどのお金を使っています。

 ─ 日本はどんな手立てを取ればいいと考えますか。

 田中 日本は社会保障全体に対して、年金と医療に約85%使っています。他の先進諸国は、6~7割です。医療はもちろん若い人たちも使っていますが、医療費の6割は高齢者が使っています。日本の社会保障全体に投入しているお金は、対GDP比で、イギリスより3%ポイントくらい高いですが、他方、家族対策・職業訓練・教育に投入しているお金は、イギリスより3%ポイントほど、金額に直すと15兆円も少ないのです。

 岸田首相は「異次元の少子化対策」と言っていますが、今の対策では子供が増えるとは思えません。もちろん、少子化対策の方向は評価しますが、その方法がよくありません。

 例えば、児童手当の所得制限を撤廃しても、効果はないでしょう。国や東京都などが保育や教育の無償化を打ち出していますが、それは、より豊かな人を助ける施策です。これは国も都も選挙を見据えているからです。無償化の理念は否定しませんが、現在において優先順位の高い施策ではありません。

 政府は、予算には「賢い使い方」が必要であると言っていますが、現実には違います。岸田首相が打ち出した「所得税減税」、「還元」がまさに典型的です。

「税収が増えたので還元する」と言われたわけですが、てっきり増えた税収の余りを還元するのかと思ったら、そもそもお金は先に使っているので、借金で減税することがわかりました。経済は需要不足にないので、景気対策は不要です。減税は選挙対策です。それを見透かして、国民は評価しなかった。

 今のままでは、日本は「茹でガエル状態」で沈んでいくのではないかと悲観しています。

 日本企業は、もちろん海外では利益を上げていますが、そのお金を日本で投資するでしょうか?業種にもよるでしょうが、人口減の中で、日本で利益を上げることができるでしょうか。

 また、政府は海外から日本への投資を呼びかけていますが、円安が進む国に投資するでしょうか。買収にはよいかもしれませんが、その後、損する可能性が高いのではないでしょうか。

 ─ 日本では起業が少ないことも問題視されていますが。

 田中 よく言われることでは、ハーバードやスタンフォードの学生に卒業後の進路を聞くと、多くは「ベンチャーに行きたい」と答えるのに対し、日本の学生は「大企業に行きたい」と答えます。

 日本では、一旦非正規になるとなかなか正規に戻れませんから、どうしても企業にしがみつくため新陳代謝が遅れるのです。日本の大半のベンチャーはまだまだこれからです。日本の国自体にお金はありますが、それをベンチャーに結びつける仕組み、エコシステムが乏しい。

 例えば、アメリカには、SBIR(Small Business Innovation Research)という中小企業への補助金があります。中小企業が新しい技術を発明しても資金がない時に、その「技術の種」に政府が補助金を出します。アメリカのような市場原理主義の国でも政府がイノベーションを支援している。ただし、厳しい審査と競争があります。

 日本もそれを90年代に真似たのですが、残念ながら、競争が不十分で、駄目な中小企業を助ける仕組みになってしまい、成功しませんでした。ただし、最近、制度が見直されたので、今後はよくなるかもしれません。

 ─ イノベーションを起こすためには大学の研究も大事ですが、ここも問題ですね。

 田中 ええ。日本の大学の世界ランキングは低迷を続けていますが、理由の1つは研究者が減っていることです。大学にお金がないので、任期付きの研究者が増えています。一時博士を増やしましたが、常勤になれないので、博士を目指す人が減りました。この結果、人口当たりの博士の数は、イギリスやドイツの3分の1程度です。

 また、国立大学の運営費交付金が20年間で1割減っています。財務省は科学研究費などの競争的資金を増やしているから問題ないと言います。しかし、年限が決まった資金ではフルタイムの研究者を多く雇用することはできません。やはり基盤的研究費が十分なければ、研究力は伸びないのです。

 加えて、大学の先生の教育や事務手続きにかける時間が増える一方、研究時間が減っています。そうなると研究のアウトプットが減るのは当たり前です。イノベーションの「種」の多くは大学にあります。やはり基盤的研究への資金を増やし、博士になった後の働き口を確保することが大事になります。現状では博士になるリスクが大きすぎます。(以下次号)

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