2022-10-03

「認知症治療薬」の開発はどこまで進んでいるか?東京大学大学院教授・岩坪威氏に直撃!

岩坪威・東京大学大学院医学系研究科教授



 

「条件付き承認」となった新薬の行方


 ─ 21年には米バイオ医薬品会社バイオジェンと、日本の大手製薬メーカーであるエーザイが共同開発したアルツハイマー病治療の新薬「アデュカヌマブ」がFDA(米食品医薬品局)に承認されて話題となりましたね。

 岩坪 ええ。これは「迅速(条件付き)承認」でした。我々が取り組んでいる治験は症状のない方が対象でしたが、アデュカヌマブのような一般的な新薬治験では症状のある方、アルツハイマー病でいえば、軽症認知症期の方とその一歩手前の軽度認知障害(MCI)の方が対象になります。

 この方々に対して月1回、アデュカヌマブを点滴投与したわけです。この治験では千数百人の患者さん2グループをつくり、それぞれの半数の一方はアデュカヌマブ投与、もう一方はプラセボ(偽薬)という形です。治験では、2グループで同じ結果が出れば、他方が他方を再現したと捉えられるからです。

 ─ その治験の結果はどう出たんですか。

 岩坪 アデュカヌマブは脳に溜まるアミロイドβを除去するという抗体医薬です。治験では、2グループともアミロイドβがかなり除去されるという結果が出ました。ただ、症状が改善しなければ薬にはなりません。

 その症状はどうだったかというと、1グループでは認知機能低下を22%改善した一方、もう1グループでは同じ治験を行ったにもかかわらず、差が出なかったのです。

 ─ これをどう解釈すべきだと?

 岩坪 薬の原理であるアミロイド除去は動いているけれども、最後の目的である認知機能低下抑制に本当に効く薬かどうか判断するのに、FDAでも侃々諤々の議論が行われたと聞いています。

 米国では、こうした難しい新薬についての判断をする際には諮問委員会を開きます。20年秋に開かれた委員会では、委員の多くが「この新薬は認めるべきではない」と投票しました。

 これには伏線があります。どの分野でも「トップランナー」は思い通りにいかない事態に直面することがあります。この新薬も、予定通りに治験を行えておらず、最後の数カ月分を省略して早期中止をしているんです。

 ─ その理由は何ですか。

 岩坪 大規模な治験ですから参加者の方々への負担もありますし、メーカーのコストもかかります。ですから独立委員会が定期的に「抜き取り検査」を行ってデータの解釈、予測を行います。その時に最後まで治験を行った時にうまくいかない確率が高く出たら、その時点で中止する「無益性解析」という仕組みがあります。

 アデュカヌマブは18年12月の抜き取り検査の結果、この基準に引っかかってしまいました。そこで進めるか、中止するかには企業の判断もかかわりますが、バイオジェンとエーザイはそこで中止を決断します。

 ただ、ここで中止するという最後の治験データが取得されたのは4カ月後の19年3月でした。そこまでのデータを解析してみたところ、先程お話したように一方は22%改善、もう一方は有意差がないという結果が出たわけです。

 ─ 悩ましい結果となったわけですね。

 岩坪 ええ。そこで最終的にはもう一度だけ試験を追加して、そこで結論を出そうということになりました。そしてFDAは、それまでの治験では患者さんに十分に薬が入っていなかったなどの可能性があり、薬が入れば効果が得られると推定されるという判断をしました。

 ただ、いまの時点で完全承認はできず、「迅速承認」という形で「仮免許」を与える判断をしたのです。冒頭お話したように、市販後に追加試験を課す「条件付き承認」という結論を出しました。21年6月のことです。

 ─ 賛否両論がありましたが、FDA、米国としてはかなり前向きな判断をしたように見えます。

 岩坪 そう思います。私の解釈ですが、アルツハイマー病の改善はかつての月面着陸のようなインパクトがありますし、多くの患者さんが薬を待望されています。ここで厳格な判断をして、さらに月日が経つより、症状改善の兆しがある新薬ということで、条件付きながら承認を与えたのだと思います。

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