2022-10-03

「認知症治療薬」の開発はどこまで進んでいるか?東京大学大学院教授・岩坪威氏に直撃!

岩坪威・東京大学大学院医学系研究科教授



 

技術の進歩が新薬の効果を高める


 ─ 期待の持てる治験結果が出た一方で、現実には非常に厳しい状況ですね。

 岩坪 ええ。ただ、おそらく10月から11月にかけてだと思いますが、エーザイが開発主体となっている新薬「レカネマブ」の治験結果が出てくる見通しです。このレカネマブも、脳に溜まったアミロイドβを除去する効果が期待されています。

 アデュカヌマブが脳で完全に固まってしまったアミロイドβに作用するのに対し、レカネマブは、それに加えて溜まりたてのアミロイドβも除去するものになっています。

 実は、アミロイドβは固まったものほど毒性が弱く、固まっていく過程で脳に悪影響を及ぼしていくとの考え方があります。その意味で、固まる前段階にも作用するレカネマブの存在は大きいといえます。

 ─ ここまでの治験ではどういう成果が出ていますか。

 岩坪 第3相治験よりも規模は大きくありませんでしたが、先行する第2相試験で、認知機能の低下スピードを3割ほど遅くする結果も出ています。

 他にも、スイスのロシュが、エーザイのレカネマブと同じような効果の発揮が期待される新薬「ガンテネルマブ」の開発を進めており、レカネマブと同じくらいの時期に治験結果が出そうです。11月末に米サンフランシスコで行われるアルツハイマー病の治験学会で、正式に結果が出される見通しです。

 さらに、イーライリリーも「ドナネマブ」という新薬の開発を進めており、これも第2相治験では臨床的指標が3割ほど改善するというデータが得られています。

 これらの新薬は、全てのアルツハイマー病の患者さんではなく一部の方を対象にするものですが、それでも症状の進行を遅らせられるというのは画期的です。大きな意義のある薬ですので、治験の結果がポジティブであれば、私も含め関係者は新薬として上市されることを期待しているんです。

 ─ 徐々にではありますが、アルツハイマー病の予防、治療に向けた手立てが見えつつあるということですね。

 岩坪 ええ。アルツハイマー病の新薬は長年にわたって各社が開発を進めながら、なかなか効果が得られなかったわけですが近年、お話したようなデータが出てきている要因は、やはり技術の進歩です。

 例えば、先程お話したアミロイドβを可視化する「PETスキャン」が普及したことで、治験の精度が向上したことも大きいですし、これまでうまくいかなかった各社の治験結果を冷静に分析して、新薬の対象者を症状が進んだ方から、より早期の方に移してきたことも重要です。

 ─ 関係者の努力が実を結びつつあると。

 岩坪 そうですね。さらに今、アルツハイマー病の予防法の開発を目指し、日本の50~85歳の健康な方を対象にしたオンライン研究プロジェクト「J―TRC」への参加者募集も進めています。ご自身で認知機能の継続的なチェックもできますので、ぜひ〝J―TRC〟で検索いただき、ご参加頂ければ幸いです。

 近年、デジタル技術の進展で遠隔診療も進んでいますが、医療機関への来院に依存しない臨床試験も可能となりつつあります。この手法をDCT(Decentralized Clinical Trials=分散化臨床試験)と言い、今後の応用が期待されます。

 アルツハイマー病の新薬開発は医療分野の中でも最大と言っていい規模ですから、産・官・学でしっかり役割分担をして、全ての人に期待される大きな目標の達成に向けて取り組む必要があると思います。

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