2022-11-29

【政界】「聞く力」だけでなく「日本をこうする!」という政策や情報発信が求められる岸田首相

illustration by 山田 紳

 過去に首相の海外出張中に永田町の「政局」が動くことがあった。トップ不在の間に外堀が埋められてしまうケースだ。

 第1次安倍政権時代の2007年8月、首相の安倍がインドネシアやマレーシアなどを歴訪した際、自民党の非主流派議員が「反安倍」の会談を開くなどして安倍批判の声をあげた。当時は閣僚の不祥事や失言が相次ぎ、党内にたまっていた不満が外遊中に一気に噴出した格好だった。そして翌9月、安倍は体調不良により首相を辞任する。

 麻生太郎政権の09年7月、麻生がイタリアで開かれた主要国首脳会議(G8ラクイラ・サミット)に出席したときも同じだった。支持率低迷にあえぐ麻生の留守を見計らったように、自民党内で「『党の顔』を代えて衆院選に臨むべきだ」という麻生の「サミット花道」論が強まった。

 逆に首相が海外出張中に仕掛けることもある。14年11月、首相だった安倍はAPEC首脳会議に出席するため訪問していた中国で、衆院解散・総選挙という〝伝家の宝刀〟を抜いた。安倍は情報が洩れることを前提に、中国から電話で「帰国したら衆院を解散する」などと与党幹部らに伝達し、選挙準備が整っていない野党の勢いを削いだ。

 さらに遡れば外交成果を掲げて衆院解散・総選挙に踏み切った例もある。1969年に首相の佐藤栄作が米国と沖縄返還で合意した勢いのまま衆院選に持ち込んだ「沖縄解散」と、72年の日中国交正常化を受けた当時の首相、田中角栄による「日中解散」などがそうだ。

 支持率下落に歯止めがかからない岸田は「国民の信頼を回復するための近道はない。国民の皆さんの声を受け止めながら一つ一つ結果を積み上げていくしかない」と語っている。

 国会終盤の与野党攻防を目前にして「外交の秋」に突入した。外交力を発揮し、好転の兆しをつかむのか。財政出動を決めた岸田からは「日本の改革をこう進める!」という強いメッセージがないことがマイナス。時代の転換期にあって、「聞く力」だけでなく日本を元気にするための政策と情報発信が求められる。(敬称略)

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