炭素繊維の需要回復と新たな用途の開拓
─ 2023年の経済環境は厳し目に見ていますか。
日覺 厳しいとは思います。ただ、現在我々は中期経営課題を策定中ですが、コロナ禍などで社会が変わっていますから、現状分析を進めています。そうして現実に足元を見てみると、伸びている分野はあるんです。そうした分野に投資していこうと考えています。
例えば、先程お話した「ナノデザイン」によって繊維の可能性は広がっていますし、樹脂で言えば自動車分野などに「PPS」(ポリフェニレンサルファイド)の需要が広がっています。
今、世の中にはサステナブル(持続性)の考え方が広がっていますが、例えば自動車で言えばEV(電気自動車)の普及が進むと、EVそのものをサステナブルなものにしなければいけないという考え方になっていきます。
そこで、金属ではなく樹脂を使ったり、リサイクル素材を使うという形になっていっており、PPSはそうした需要に対応する製品の一つです。それ以外にも、しっかり対応できるようにやっていく必要があります。
─ 東レは長年にわたって「炭素繊維」の研究開発を進めてきていますが、現状は?
日覺 航空機用の炭素繊維需要の落ち込みが、当社の業績落ち込みにつながってきました。炭素繊維を使用するボーイング社の主力旅客機である「787」は、19年には月産14機までいきましたが、コロナ禍を受けて、ほぼゼロになったわけです。
しかし、それでは駄目だということで、努力して産業用の圧力容器などの需要を開拓し、今は航空機用の炭素繊維工場をフルに動かしても足りないくらいの状況になり、利益を出すまでに持ってきたんです。
─ 新たな需要を開拓することで、落ち込みをカバーすることができたと。
日覺 ええ。さらに今度、22年10月にボーイングは25年には月産10機にまで持っていくと発表しています。
その背景には国際民間航空機関(ICAO)が19年比でCO2排出量を増加させないための「CORSIA」という規制を定めたことがあります。27年からは義務化されますから、燃費のいい航空機でなければならず、「787」のような航空機の発注が増えるのではないかと見ています。
そうすると、いま我々は炭素繊維の生産能力を産業用途で使い切っていますので、これを航空機用に戻さなければなりません。産業用の能力を減らすことがないように、いま増産体制を構築しようとしています。アメリカ、フランス、韓国に各1系列を増設する計画です。
─ 炭素繊維以外に期待が持てる素材にはどういうものがありますか。
日覺 我々は海水の淡水化にも取り組んでいますから「RO膜」(逆浸透膜)にも可能性がありますし、大きな期待を持っているのは抗体医薬です。23年には「フェーズ2」に進め、25年頃には上市できればと考えているところです。
これらは次の中計のテーマですが、投資方法はすでに決めていますから、できるだけ前倒しで進めていこうと思います。